翌日――――
屋敷に一本の電話が入った。
「お断りしましょうか?」
ディスの提案にルゥは軽く振り、
「いいよ別に。いずれ来るものだと思っていたからね」
応える。
「しかし」
懸念するディスの言葉を、
「明日の準備をお願いね」
遮った。
その当日――――
「ようこそおいで下さいました」
玄関で使用人ともども出迎えると、あのとき鞭で使用人を叱責していた主の後ろに女の子を連れていた。さしずめ
その主の妹と言った所。リィより一つ年上であろうその子は、申し訳なさそうな暗い表情でうつむいて何も話さない。
その主がにらみつけるようにアルベルトを見る。
「何か?」
「あの連中を倒したようには見えないな」
言われて、
「これは。あの時は大変失礼いたしました」
謝る。
「別にいい」
「ではご案内いたします」
ルゥがいるリビングへと案内する。
その案内も引率に近い状態になるほどの使用人を連れて来ていた。昨日の街中の量よりは少ないが、それでも多い。
その中でひときわ派手なのがその主の後ろにいた。執事であろうこの男のいで立ちにサイドにいたディス含め使用人
たちは絶句と呆れが入り混じった引きつった表情でそれを見た。
リビングに着くと、ルゥは主よりも横に連れていた自分の向かい側に座っているリィより一つ年上であろう女の子に
目をやり、
「やぁステファニー、久しぶり、よく来たね」
挨拶する。
その挨拶にステファニーと呼ばれた女の子は先ほどの暗い表情が嘘のように色白の頬がまるで頬紅を塗った
ように薄い桃色に染まって華やかになり、パァと笑顔で、
「ごきげんよう、侯爵様」
ドレスをつまんで挨拶する。
「ステファニーちゃん。久しぶりだね」
リィはぱぁっと駆け寄って、つまんでいたドレスの両の手を掴んで軽く前で振る。
それにルゥはクスクス笑って、
「僕は少しお話があるから、リィと遊んでおいで」
そう言って二人とディスを部屋から出す。
背を向けて歩いていく二人を見届けたのち、ルゥの表情は一変、不機嫌な顔になり、
「で、何の用?」
普段よりも低い声でぶっきらぼうに返す。来た理由はわかってはいるものの、一応は聞いてみる。
「そんな冷たい。自分は久々に侯爵様とお話がしたくて」
そう言いかけた半ば、
「所で――――」
遮り、
「その使用人をどうにかしてくれる?窮屈なんだけど」
光が差し込む窓の方を向き、頬杖をついて外を見る。
「これは失礼を」
白々しそうに言って執事以外の使用人を廊下に出す。でもそこは数があるので左右に分かれる。すると玄関の
お出迎えが変な場所で出来上がった。
「座れば?」
リィが座っていた向かい側の椅子に呼び掛ける。それに主は執事に椅子を引いてもらい、着席する。
「そういえば奥方様がお戻りだとか」
「挨拶は無用だよ。帰ってまだ間もないから」
返す。母親はこの者が原因で別荘に行ってしまったのだ。
あの知りたがりなリィさえその事に関しては口をつぐんでいる。
それは母を更に落ち込ませると言う事を悟っているのだろう。
それに自分さえも嫌な者を会わす気など毛頭ない。
この僕と年齢が変わらない相手の名はレル=キャンブリー。その妹ステファニー。ここ何年かで商売で成功を収めた
家だ。父の頃からの付き合い。ステファニーは別とし、父はどうだったか知らないが、僕はこのレルが嫌いだ。僕は人を
よほどの事がない限り嫌ったりはしない。だがこのレルだけはどうしても好きになれない。あの件があって以降、それは
更に深みを帯びた。
「ではそれは改めて」
そう言って雑談を持ちかけるが、スパスパと話をこれもまた邪険に打ち切っていく。
その間にもルゥは一向に顔をレルには向けない。
その時、ワゴンの音が耳に入り、
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
案内した後、いったん退席してお茶を取りに行っていたのだ。。
ルゥは頬杖をやめて体勢を戻し、伏せ目がちではあるがレルと向かい合った。
そこにスッと茶を手前に置かれると、取っ手に手をかけ、紅茶を一口飲み、次に出されたティートレイからスコーン
を手に取って割り、クロテッドクリームをつけて食べる。
レルも出された茶を飲み、同じようにトレイから菓子を取るかと思ったら、ルゥの隣に立っているアルベルトを品定
めするかのように見、胸についてあるトライアングルを見る。
「侯爵様。エンブレムはどうしたんです?」
「探してる所なんだけど、どこにもないんだよ」
伏せ目がちだった視線を、
「誰かが持ち去ったみたいにさ」
意味ありげにジロリとレルの隣にいる執事を見る。
それに今度はその執事が目を伏せてそらす。その後ルゥも向かいながらも目を外にやる。ガンとして合わせたくない
ようだ。
それからしばしの沈黙が続く。
その間、カップのわずかな音しかしない。
さわやかな部屋であるにもかかわらず、その空気は重くよどみさえ出ている。
「――――侯爵様、この執事は一体どこで?」
そう切り出された瞬間、飲んでいたカップの手が一瞬とまるが、すぐ動き、
「知り合いから」
「知り合いからと申しますと」
「知り合いは知り合いだよ。それをいちいち君に説明しないといけないわけ?」
そう言って飲む。
「雇っていなかったあなた様が雇うほどのもの。そこらへんの執事よりはるかにいいものでしょう?」
「――――いかほどで頂けますか?」
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