朝――――

 アルベルトの視界にすぐ猫が入った。薄いピンク色の瞳をしたメスのロシアンブルー。品よくちまっと座っている。

 その頭をやさしくなでた後、上半身を起こすと同時にサイドチェストに置いていた眼鏡をかける。それを見上げる猫。

 それに少し困った笑顔で息を吐き、
「コレット」
 まるで子供を言い聞かせるように、
「ここに来てはいけないでしょう。ご主人さまが心配してますよ」
 それとなく注意するが、そこは動物。それに首を傾けるだけ。それに、
「では一緒に行きましょう。少し待っていてもらえますか?」
 ベッドから出る。

 朝のさわやかな日差しを受けた廊下をワゴンとトライアングルのきれいな音色が通っていく。

 シーズンを終え、タウンハウスから本邸へと戻って来て早1週間。使用人たちともすぐに打ち解け、連携が取れてい
る。
 それから数日後、僕の母が別荘から帰ってくるとの連絡が入った。母は一年前から弟を連れて別荘に引っ込んでしま
った。まるでつい最近の僕のように。
 戻って来る理由の一つとして、きっとアルベルトが追い払った件を家の者に聞いたに違いない。
 追い払う事が出来る執事は安心できる材料であったのだろう。

「また行ってたんだ」
 ルゥは足の上に乗ったコレットを撫でる。コレットはルゥのペットで、親が飼っていた猫の子供。
 空気の悪いタウンハウスには連れて行かない。

「はい」

 アルベルトに初対面した時、気に入ったのか地下にあるアルベルトの部屋に早朝入り込んでは起きるのをああして待
っている。

「仕方のない仔だね」

街――――

 アルベルトは店の外で誰かを待っていた。街なのでコートを着ており、執事服よりも若干色が濃い。

 しばらくして――――

「わりぃ待たせたな」
 そう言って一人の男性が店から出てきて声をかけた。
 名はディス。ルゥの弟であるリィの専属執事。歳は20の中間。茶髪の横わけで目は濃い茶色。

「いいえ」
 外で待っていたアルベルトと合流する。
 二人は現在、休憩時間で街に下りていた。

 それから少し歩き、ディスは売店でホットドックを買って置いてあるベンチに腰掛けて食べる。

 ディスは辺りを見ながら、
「しかし、随分と変わったなぁ」
 しみじみ言うと、
「何がです?」
 アルベルトは横からのぞいて聞く。

「俺たち使用人の服だよ。普通は黒だろ。それがこうカラフルだと返って目立つよな。普通は逆なのに。
俺もまぁそんな事は言えた義理じゃねぇけど」
 苦笑する。

 そういうディスの執事服は、アイボリーのフロックコート。ベストはベージュ。襟と袖はこげ茶。
 両方の裏地には赤と黒のチェックが入っている。後ろのベルトに二つの茶色のボタン。ベストも同様。
 ネクタイではなく薄いこげ茶色のリボン。
 主にパステルカラーの淡色系統で占めている。街では専用の同じコートに着替える。


「でもこれでは、主人と使用人との区別がつかなくなりますね」
そう言うと、アルベルトに少し身を寄せて小さな声で、
「そうなんだよ。ほらあれ見てみろよ、もう言わねぇとわかんねぇだろ。なんか使用人の見せもの市みたいだ」
 視線で教え、軽く笑う。

 それからしばらくして食べ終わって、立ち上がり町中を再び歩き出すと、向かい側から貴族であろう子供たちがディ
スの姿を見て「クマさん」だとはしゃぐ。

 それにディスは笑顔で手を振る。この様子だと慣れているのだろう。その近くにはその子供たちの母親とお付きのメ
イド。その母親はディスよりもアルベルトの方で、アルベルトに笑顔を向けると、アルベルトは笑顔で会釈をする。そ
の母親たちの頬は薄い桃色を帯びた。

(気づいてないなほんとに)
 横目を上げてアルベルトを見る。それに気が付いてないアルベルトは、
「クマさんですか」
「この色ってクマっぽいだろ。だから」
 少し含み笑いをする。

 そう話しているうちに二人の元に駆け寄ってきて、精一杯好奇心な顔をあげてアルベルトを見る。それにひざまずい
て笑顔で応えると、抱っこを要求された。子供からすれば高い世界は未知なる領域である。

「それは」
 少し戸惑うと、
「構いませんわ」
 後ろから来ていた母親であろう女性二人が許可を出す。それにディスはアルベルトの持っている荷物を代わりに持つ。

「では。しっかり掴まってくださいね」
 そう言ってグイッと身体を上げる。数分後、今度は二人目を抱っこしてあげる。

(あとで多分、思いっきり母親に頬ずりするぐらい抱きつかれるんだろうな)
 ディスは少し気の毒そうに思っていた。

 そうしてる時に母親たちの目が反対側の歩道へと向く。それにディスもそれを追うと、
(ゲッ)
 見て驚き、
「アルベルト下ろせ」
「え」
「いいから下ろせって!」
 急かして荷物を持たせ、
「申し訳ございませんっ!失礼しますっ!」
 アルベルトの空いてる手を引っ張って少し細い路地へ入り込み、
「はぁ〜・・・あっ・・・ぶねぇ〜」
 脱力感たっぷりな声で壁にもたれ、ずりずりとそこに座り込み、荷物を持ってる方の片足を曲げる。





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