街――――

 空は灰色を帯びていた。

「クリスマスだな〜」
 しみじみと言い、石段に座って菓子パンを食べる少年。夜の街で出会った少年だ。

「そうですね」
 その向かい側にアルベルトが紙袋を片手で抱えて立っている。

 食べ終えた少年は手をパンパンと払いながら、
「あ、そうだ。あの家の事なんだけどさ」
 そう言って横に置いてあった牛乳を飲んで流す。

「ご子息様と奥方様ですか。あれから新聞に載っていないようですが、どうなったのです?」

「あの主が処刑されて間もなくかな、社交界で挽回するために全部突き込んでマイナスに転じただろう。
屋敷も抵当に入れてて、当てにしていた執事の保険金がもらえなかったから、とうぜん払えない。それで差し押さえに
なって、そいつと母親は家を追い出されたんだと」

「では今どこに?」

「あの女はな娼婦になった。普通に働けばいいのに、よほど自分に自信があったんだろ。
 確かに見染められたら玉の輿も夢じゃないけど、それは若くてきれいな女に限った事だ。
 世の中をなめてたんだろうな、誰があんな骨董品のような大年増あいてにすんだよ。最近じゃ物乞いに近い」

「ご子息様は?」

「確かゴミ箱のゴミを犬と一緒にあさってたっておばさん言ってたよ。前はそんな事なかったんだぜ。前はいきがって
今は一緒にゴミをあさってる犬に鞭を振ってたのに、何があったんだろう、憔悴しきってよ、それからだ。
 そう言えば酔っぱらいが言ってたな、俺たちに知られてる凶暴な犬と主人がいるんだ。そいつメシがまた
俺たちが食ってるのより豪勢でな、食いたくなる気持ちもわからないでもないんだけど、触らぬ神にたたりなしだ。
 それを知らない奴らは真っ先に飛びつく。
 で、そのメシを取ろうとしたら犬には噛まれるわ、見つかった主人には暴力の応酬だ。それがあの道の洗礼だからな」

 そう言って座ったまま足を蹴り出し、
「あいつ頭から思いっきり蹴り飛ばされて壁に吹っ飛んで全身を打ちつけたらしい」
 顎で向かいの壁を指し示す。

「それからゴミをあさって、その翌日なにかに当たったんだろうな、吐いてたってばぁさん言ってた。次の日はそれで
動けなくなって、またゴミをあさってはそうなっての繰り返しだ」

 灰色の空を見上げ――――

「今年はとても寒いらしいから越えられるといいんだけど。ま、そんなの俺の知ったこっちゃねぇや」
 体勢を戻し、手を組んでグッと前に伸びをし、組んだまま頭の後ろにやり、
「でも今年はみんないいクリスマスを送れそうだよ。あの酔っぱらいの親父も今年は子供にいいものが買えるって喜ん
でたし、おばさんは豪勢なディナーが作れるって言ってたし、ばぁさんは旦那とディナーを食べに行くって。あの親子
は前々から欲しかった食器のセットを買うって。じぃさんは欲しかった希少本が買えるって喜んでたよ。あの郵便屋、
彼女にエンゲージリング買って告白するんだってさ」
 報告する。

「貴方は?」
 聞くと、
「俺?俺はぁ〜」
 口ごもると、
「家族とですか」
 そう聞くと間をおいて照れくさそうに、
「そうだよ。って言っても妹だけだからな。サンタさんこないかなーって今だに言ってんだ、靴下までつるしてさ、
おかしいだろ」

「でもそこに入れてあげているのでしょう」
「・・・・・」
「大事にしてあげて下さいね。二度と手に入る事のないかけがえのないものですから」

「言われなくてもわかってらぁ」
 へんっ、と言ってそっぽを向く。


 あの日――――

『別に買わなくてもいいだろ。道聞く程度で』
 そう言いながら、かすめ取るように受け取り、後ろのポケットに無造作に突っ込み、顎でクイっとある方向へといざなう。
 そこはそれより更に奥。下水の水さえはっきりと聞こえる深淵の場所。今もその場所に二人はいる。




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