雨がやみ、屋敷に光がさした頃、地下の扉が一つ空いていました。彼の部屋です。気になって来たのです。
 あの後、鍵をかけろと使用人たちに言っていたそうなのですが、使用人たちは今回ばかりはそれが出来なくて
鍵を差し込みませんでした。

 開け放たれたそのドアの内側のノブに薄く血がにじんでいたのを聞き、言葉になりませんでした。

(あの手のひらの血はその時の)

 無意識のうちに溜まってしまったものが限界とばかりに亀裂を帯び、彼の身体を超えてしまった。
それは黒から灰色へと色が変わってしまうほどのもので、記憶すら喪ってしまうほどの事だったのです。

「私はあの後、彼に謝りました。けど」

「責めなかったでしょ」
 それに顔を上げてうなずく。

「例え記憶があっても君を責めるような事をアルベルトはしないよ。君にならわかるでしょ?」

「でも・・・・」
 ギュっと再びドレスを握り、わずかに唇を噛み、
「でもどうしてでしょう。どうして彼は執事であるという事だけを覚えていたのでしょう。
 あれだけの目にあっておきながら、どうしてそれを忘れはしなかったのでしょう」
 今度はポロポロとあの時のように泣いてしまった。

「それは――――」





 その頃、街――――

「下がらないのですか?」
 アルベルトはディスを見る。

「あぁ。市販ならわかるけど、医者からもらった薬が効かねぇなんておかしくねぇか。それどころか更に悪くなってる」
 ディスもアルベルトの方を見る。

「今日もお医者様がみえますから診てもらいましょう。大きな病でなければいいのですが」
「確かにな」

 それから少ししてディスがいつもいく店に入る。アルベルトはいつものようにその近くで待っていると、
「すいません」
老婦人が声をかけてきた。

「おまた・・・・あれ」
 出てきたディスがその場所を見るといないので少し辺りを見渡すと、アルベルトがいない。


その頃――――

 レルの脳内ではあの昼に起きた出来事が繰り返し回っていた。
 ルゥが崩れ落ちた時、自分の手を振りほどき抱きとめた。ルゥの父親の映像がかぶさる。

「クソッ!」

 近くにあったクッションを床に投げつける。


(どこに)
 辺りを見渡していたディスの視界にアルベルトが入った。

「どこ行ってたんだよ」
「ご婦人に道を聞かれたものですから、少し案内を」
「ふぅん。じゃ帰るか」


「思い出させてやる、絶対に」


「そうですね」




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