それからです。兄は他家の使用人たちを男女問わず買い物をするかのように持って帰るようになりました。

 それは彼の焦りを促すためのモノ。人は地位を脅かされると必死になります。ですが彼にはそう言うのがありません。

 それなのに兄は懲りもせずに試してました。

 紅茶が上手いもの
 気配りが上手いもの
 ピアノが上手いもの

 そして兄はあの自分から彼を奪った目の敵と言わんばかりに、侯爵様の家の執事に手を出しました。
 謝って許されるものではありません。

 そして一年後のあの大雨の日――――

「今なんと」
 一向に焦りもない彼に業を煮やした兄は、
「しろと言ってるんだ。ここに」
 向かいにひざまずいている彼に口づけを要求したのです。

「お兄様なにを言って」

 だいぶ良くなった侯爵様がお帰りの際の時、玄関ホールで侯爵様は彼と向かい合い、彼に向ってほほを人差し指で軽く押し、
何かを催促してました。でも彼は男女限らす余り密着されたり、
 仕向けられたりするとダメなようで、すぐ赤くなるのです。ですが彼はしました。
 前の主は手を差し伸べ、そこにしたように、主の望まれる場所へ。

 兄がそれをどこで聞いたのか聞かされたのかは知りませんが、
兄はそっちが頬と言うならば、こちらは唇だと言わんばかりに。

 ですが――――

「それは」

 完全に離れてしまった彼に、それをするのはもはや出来る相談ではありませんでした。それはまさしく拷問。

「お兄様っ!お願いだからおやめになって」

 私の制止も聞かず、兄は彼の肩を掴んで顔を寄せました。


 寄せられてくる唇。それに思わず突き放した。

「・・・・あ」
 衝撃は相当のものだったと思います。そこにあるのはもはや恐怖でしかなかったのです。

「出来ないのか、そんなお前なんて」

「いらない」

 そう言われた時、彼はスッと目を閉じると同時にゆっくりと一礼し、踵を返し、背を向けて部屋を出て行きました。

 音もなく――――

「なに、明日になればまた」

 “元に戻るだろう”

 そう言うのは事が起きた翌日、彼がいつものようにしていたから。


 その横柄な態度に私は――――

 バチンっ!

「ステ」

 バチンっ!

 初めて手を上げました。




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