それは翌朝のことだった。僕はいつものようにまどろみを時折繰り返しながら、惰眠を貪っていた。

 その時だった。ガチャっとドアを開ける音がし、その瞬間、シャッとカーテンが開いて光が部屋を覆い尽くす。その
眩しさに目を背ける。常日頃、日が当たる時間に起きたとしてもカーテンをよほどの事がない限りは開かせない。

「呼び鈴は鳴らしてないよ。聞いてないの?」

「聞きました」

「だったら」

「いけません。いくらお薬を飲んでいるとはいえ、朝は起きていただかないと」
 そう言ってルゥを心配した顔で見る。

 それにドキッとした。他の使用人たちはそういった顔をしない。いやそんな顔を見たくないという僕の無言の圧力が
そうさせていた。

「そんなの僕の」

 反抗心あらわにぶっきらぼうに言い放つと同時に彼の心配した顔を見る。

「・・・・」

 この間、わずか数秒。

 その視線から目をそらし、
「・・・・わかったよ」
 返した。いや、返さざるを得なかった。その視線に負けたと言っていい。

 そしてすぐにお茶を手渡された。柑橘系のいいにおいがする。アールグレイだ。僕の好きなお茶だ。
 この香りは人を惑わし、吸い寄せる。それを口にする。おいしい。
 いつもフットマンが持ってくる茶がまずいわけではない。それよりおいしいのは確かだけど、何かが違う。

 お茶を眺めて考え事をしていると、
「どうしました?」
 聞かれたので、ハッとして、
「いや・・・・・」
 あいまいな返しをする。


 それにこの清々しいというべきなのだろうか。なんにしろ、朝日を浴びてお茶を飲むのは久しい気がする。
それもあるかもしれない。

「お食事のほうはいかがなさいますか?」
 ルゥはそれに少し考え、口を開いた。

 厨房――――

「奇跡です」

「は?」

 ワゴンを持って帰ってきたこの男の言葉に発せられた第一声。

「執事さん、いったい何したんですか?」
 その執事がのけぞるほどに近づくと同時に見上げるフットマンとシェフ。

 それにこの執事は当然わけがわからないので、
「私はただお聞きしただけですが」
 戸惑った。

「聞いただけでダイニングに来るっていいますかっ?!」
「そ、そう言われましても」
 戸惑うしかない。



 それから数日後、僕はテラスで本を読んでいた。この頃はそうするようになった。

 ガラガラとワゴンの音がする。そして僕の視界に彼が入る。

 この執事は僕がどこにいようと午後のお茶になるとお茶を持ってきてくれる。

(どこで見てるんだろう)

 ひっついているわけでもないのにただただ驚くばかり。

(ん?)
 ルゥはその執事の動きを見て何かに気がついた。

 翌日、ルゥは書斎へと入り机の引き出しを引いた。

「これは」

ルゥは向かいでひざまずいている彼にあるものを差し出した。

「あまり良くないんでしょ?」

眼鏡。型はノンフレームの長方形。見ていてどうも眼が良くなさそうな節があったからだ。
ちょうど亡き父の書斎机の引き出しに眼鏡があったのを思い出し、その場に呼んだ。
目のいい父がどうして持っていたのかはわからない。きっとそうなった時に使うために買ったか、よく買い物をする
人だったので、その場の気分で買ったかのかどちらか。

「ありがとうございます」

その瞬間クラっとなった。薬の副作用が時折発作のように襲う事がある。そこに胸があたった。

「大丈夫ですか」
 彼が受け止めてくれたのだ。

 その胸はなんだかとても落ち着く。僕は返事もせぬまま、うつろげにその胸に更にうずもれる。

「お部屋に戻りましょう、ご主人様」

 深く落ち着く声。

 その腕を下にずらし、その腕のみで僕を担ぎあげ書斎を後にした。

 あれからというもの、僕は薬が徐々にではあるが減っていった。




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