翌朝――――
「おはようございます」
いつものようにルゥを起こしに来た。
「おはよう」
ルゥは目をこすって上半身を起こす。
茶を渡され、添えられたビスケットを数枚食べたのち横に置かれた三角形のパラフィンの紙を見、
「ちょっとおおげさじゃない」
しぶってる表情をすると、
「そうですが、何事も最初が肝要といいますし」
水を置くと、薬を開けてサーッと入れて流し込む。
ルゥはここ数日せきをしており、主治医の指示で薬を飲んでいた。
「今日もお外には出られませぬように」
その後、アルベルトは部屋を後にしてワゴンを押しながら廊下を歩く。
そしてある程度はなれた所で止まり、胸に手を当てた。
その昼・街――――
「ご主人様は元々からだが弱いからな。その弱さを少しはリィ様にもわけてもらいてぇな。毎日キャッキャッと。
おとなしくしねぇんだ」
困った表情をする。それに笑って、
「いいではありませんか。元気が何よりです」
返す。
「そうだけどな。あ」
「どうしました?」
「熱と言ったらあいつ」
アルベルトの方を向き、
「ほらお前が雇ったあの子供。今朝からすげぇ高熱だしてウンウンうなってる」
「きっと緊張していたのがほぐれたのでしょう。よくあることですから」
「まぁ確かに。最初ってどうもわずかばかりに緊張するよな。フッて力を抜いたらドッと来たんだろうな」
そう言って再び前を向く。
「数日安静にしていれば大丈夫だとお医者様も言ってましたから」
「何か買ってってやるか」
「そうですね」
そう話していると向かい側に紙袋を持った少しふくよかな女性が来ていた。グイッと持ち上げた次の瞬間、
「あ」
その袋が裂けて入っていたオレンジが転がる。
それにアルベルトはひざまずいて転がったオレンジを手にする。
「あらごめんなさいねぇ、手伝ってもらっちゃって」
ディスも加勢し、
「なんでこんなに」
「だって今日安かったから。つい多めに買っちゃって」
「俺ちょっと袋もらってくるわ」
近くの店に袋をもらいに行く。
そして詰め終え――――
「ありがとう」
そのふくよかな女性は手を振り、背を向けて歩きだした。
翌日――――
リィ達は母親と街に出かけていた。そのせいなのか屋敷はいつも以上に静けさを増し、アルベルトの弾くピアノが
鮮明に風に乗り、響いていた。
ピアノを弾くそのそばで、ルゥは以前寝ていたカウチで腹ばいに寝そべって本を読んでいた。いつもならオットマン
に寝ているコレットはアルベルトの傍ら、空いてる部分に座ってピアノの動きに合わせ、顔を動かしていた。
アルベルトはそれをほほえましく見たその時、ドアが開いた。
「これは、お出迎えもせずに申し訳ございません」
ピアノの手を止める。
「構わない」
その後ろにはステファニーが申し訳なさそうに立っていた。
そして珍しい事に今日は馬車以外の使用人を連れて来なかった。
ルゥは床に足を置くと同時に起き上がり、
「こんにちは」
ステファニーにだけにあいさつした。
それから場所をいつものリビングに移し、以前のようにレルが向かい側に座り、その二人の間にステファニーが座る。
アルベルトは3人を席に着かせた後、紅茶を取りにいったん退席する。その後をコレットが小走りで追いかける。
それから数分後、ワゴンを押して3人に紅茶を渡す。その肩にはコレットが頭だけを出して乗っかっていた。
レルは茶を飲みながらアルベルトを、
(どうして平気なんだこいつは)
チラッと見ると、
「何か用?」
声をかけられたので視線を相も変わらず外を見ているルゥに向けてすぐ、
「そう言えば新しい人を入れたと聞きましたが」
聞いた。
それに“また”と言わんばかりの呆れた感じで目を険しくつむり、
「そうだよ。でも熱があるんだって」
一口飲む。
「熱?」
疑問符をつけると、代わりにアルベルトが、
「昨日から不調を訴えまして」
答える。
「そうか」
言葉少なにカップの中を見る。
(あの解毒剤は副作用で高熱を起こすと聞いてる。飲まされた毒薬の苦しさに大抵の者はその薬を取り、言うがまま
になる。それはあの屋敷の奴がいい例だ。金にも困っていたみたいだから余計に従った。だが高熱を出すという事はつまり)
再度アルベルトを少し驚いた感じで見上げ、
(薬に対する耐性を持っているという事か)
それに笑顔で返され、
(ちっ、なんて奴だ)
目を忌々しそうにそらす。
その時、肩に乗っていたコレットが前に身を乗り出して飛び降りる。わずかにしっぽが眼鏡に当たり、それを落とす。
それにレルは驚いた。
そんな事など知らずに眼鏡をひらうアルベルトを、
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