朝――――

「求人?全部下げたはずだけど」
 裏口でディスを含めた数名の使用人がたむろっていた。

それに戻ってきたアルベルトはワゴンを置き、
「どうしました?」
 ディスの背後に行くとディスが振り向き、
「あぁ、求人見てきたって」
 アルベルトに場所を譲る。そこにはまだ10になったばかりに見えるあどけない少年が紙を持っていた。よくみると求人の紙切れだ。

「でも求人は全部取り下げたはずなんだけどなぁ」
 ディスは腕組をして首をかしげる。

「その上に貼られていたものが落ちて出てきたのではないですか」
「あぁ、じゃあ見落としかぁ。で、どうする?」
「そうですね――――」
 アルベルトはその少年を見る。

「ふぅん。雇ったんだ」
「はい」
「このごろ何かと人が来る事が多いからね」
 少し嫌そうに言う。それが何を意味してるかは大体見当がつく。
 この頃は電話もなしに我が庭みたいなように山ほどの使用人を連れ、遠慮なく来るようになったからだ。
 当然、山ほどの使用人を連れて。
 申し訳なさそうにしているステファニーは別として。


「首が痛くてかなわないよ」



 それから数日後、その少年もだいぶ慣れてきたのか使用人たちと打ち解けてきた。


 その日の昼下がりの事。

 涼風が屋敷を駆け巡ると同時にやさしい旋律も伴っていた。

 ルゥがその音のする部屋に来てみると、あの時のようにアルベルトがピアノを弾いていた。
前は気がついたが、今は自分に気づいていない。

 楽しそうに弾いている。邪魔しちゃ悪い。

 やさしく柔らかい旋律。人の心が音となり風に乗り、駆け巡り、穏やかなる時間をさらに穏やかにする。

 白いカーテンがふわりと揺れ、暖かなまばゆく白い光が差し込むピアノの少し離れたカウチにはコレットが寝ている。

 それに少し目をやってアルベルトのそばに座る。それでも彼は気がつかない。

 別にかまわない。

 むしろこういったのがいい。

 何も話すことなく、過ぎゆく時間が、

 心地いい時もあるのだと。


 トスッとアルベルトの腕に何かがあたり、それによって彼は気がつく。

 ルゥが横に座り、トスッと腕によりかかって寝息を立てていた。

 それにほほ笑み、肩に腕を回して立ち上がると同時に抱き上げる。

 音がやんだので、コレットが目を覚まして駆け寄ってくる。

 鳴きそうになったので、わずかに首を振ってそのソファに寝かせて近くにあった薄いタオルケットをかけ、部屋を出た。

 時計の音が鳴る。それにルゥは目を覚まして間もなく、ガラガラとワゴンの音が近づいてくるのを耳にした。


 穏やかな時間が過ぎる――――


 その夜――――

 使用人たちはおのがそれぞれの場所で一息入れていた。

 少年が当番なのかお茶を持って来てくれた。

「ありがとうございます」
 そう言ってアルベルトは飲み、使用人たちも寝静まった後、
「じゃ」
 ディスも自室に帰ると、アルベルトも自室に帰った。

 その深夜――――




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