「どうして?」
「どうしてって・・・・・だっ、だってよ、やることいちいち細かいし、朝は早く起きて夜は遅いし、呼ばれたらすぐ
に行かないといけねぇし、それに」
「また無理してる」
ちっ、見抜くか。
「とにかく俺はしたくないんだよっ!」
「どうして?」
来るな。
「どうしてなの?」
踏み込むな。
あんな凌辱、誰にも知られたくねぇっ!
ギリッと歯ぎしりし、
「うるせぇ!やりたくねぇもんはやりたくねぇんだっ!」
立ち上がると同時に怒鳴り返す。
「だからどうして?」
見上げる無垢な心が悪意に見える。こんなガキに踏み込まれるなんて情けない。
「わけを教えて」
それにピタッと瞳孔を開けた状態で動きが止まる。鼓動が突き上げて息が震え、それと共に体も震える。
聞くな。聞くなっ聞くな聞くな聞くなっ!
入るな。入るなっ入るな入るな入るなっ!
「俺の中に入って来るんじゃねぇっ!」
他人の事を知りたくないのは、自分の事を少しながらにでも知られてしまうから。
干渉すれば干渉される。だから俺は他人の事を知りたくない。知りたくもない。
きっと目の前にこの世でないものが出てきても驚きはしないだろう。
そんなものは払えば済む事。俺はこの世で一番、自分を含めた人間が怖いと思う。
奥深く抑えつけた記憶。しっかりと鎖を巻いて鍵をかけたその忌まわしい記憶を――――
その前に子供が立っている。無垢な子供が錠前に触れようとしている。
「触ってくれるな・・・・頼むから」
泣きそうになる。頼むから触れないでくれ。
知っている。哀れみはこの世で一番の拷問だと。
そして一人に知られる事は、全てに知られる。という事を。
この世のすべての人間が知ろうはずもないのに、知ってるような視線を向けているように思え、また見えてくる。
ましてこんな子供にそんな眼で見られたくない。
息苦しい。まさに生き地獄だ。そんな事で一生を送りたくない。
打ちひしがれて崩れ落ち、テーブルに片手を置いて地べたにへたり込み、その額をテーブルにあてる。
それにリィは震えるその手を身体全体で身を乗り出し、そっと触れ、
「ごめんね」
震えが止まる。
錠前から手が離れる。
「僕は知りたがりだから、たまに父さまや母さまに怒られるんだ。気をつけなさいって」
「痛かった?」
それに顔を上げる。するとリィは少し泣きそうな顔をしてこちらを見ている。
「ごめんね」
そんな言葉、言われた事もなかった。この言葉は哀れみじゃない。
そしてそのわずかな沈黙の後――――
「・・・・なんて表情してんだよ」
なんだか不思議だった。
「だって」
真綿のような優しい空気。
「・・・・俺が欲しいのか」
「うん。でもおにぃさん」
「俺でもいいのか」
「え」
「俺でもいいのかって聞いてるんだ」
それにコクっとうなずいたリィ。
「後でやめておけばよかったなんて言うなよ」
「言わない」
「どうかな」
「言わないったらっ!」
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