厚い布に覆われた鳥かごに一羽の鳥がいる。その鳥かごの扉は光を放ち開け放たれている。
 なのにその鳥は逃げようとはしない。
 それどころか、その扉すら見ようとはせず、それをまた避けている。
 厚い布に覆われた世界を慕っているかのように。






今度の誕生日は、いつもよりいいものだよ。楽しみにしておいてね。

ルゥ、きっとお前が喜ぶものだよ。

 そして――――


そう言って一年後に僕の父は亡くなった。そして贈られるはずであろうものも一緒に消えた。









 それは大雨の降る夜のことだった。

 シーズンが中盤に差し掛かるそんな日だった。

 シーズンで初めての外出で知人のタウンハウスへと向かった。

 その日は折しも僕の誕生日で、パーティをしてくれたのだった。

 僕の名はルゥ=ブレンダ。歳は17。
 ブレンダ侯爵家当主。父は一年前に病で他界し、その後を継いだ。
 家族は母と12歳になる弟がいるけど、今は本邸にはおらず別荘で暮らしている。


 そしてその知人のタウンハウスからの馬車での帰り、途中で雨に降られ、その外をチラッと見たそのときだった。

 その雨の中に一人の男が倒れていた。

 この大雨の中、足を滑らせて気を失ったのか、それとも飲みすぎて降る前に倒れたのか、そうも思ったが、どうもそれ
らしい感じはしなかった。

僕はそれを助けることにした。

(手のひらに血が・・・・)

 右の手のひらが血で薄くにじんでいた。きっと転んだ時にでもすりむいたのだろう。

 その男が目覚めたのは、雨がやんだ翌朝のことだった。
たまたま様子を見に行ったフットマンが倒れていた理由を聞いた。

 それに対し――――

「わからない?」

「はい」

「名前も生年月日も、生まれた場所も?」

「はい」

 記憶喪失だった。

「ですが、あの人、その割には冷静で。困惑している自分がおかしいと思えるぐらいに」

「どうして」

「ただひとつ忘れてないものがあるからでしょうか・・・・・でもあれだけで冷静でいられるなんて」


 それは自分が執事であるということ。


「どうしましょう?」

「どうしましょうってどこの屋敷かもわからないのにどうすることも出来ないよ。その屋敷のエンブレムも時計も持っ
てないんだから」
 本をパタンと閉じ、
「でもただ捨て置くわけにもいかないから、思い出すまでの臨時として雇うよ。回復次第、僕の所へ呼んで」
 そう命じた。

 どうせすぐに思い出すだろう。そういった気の軽さだった。

 助けたその男の回復は目覚ましく早く、言った次の日には僕の前に来た。
 夜と雨のせいで視界が悪かったせいもあるけど大きい。軽く180はある。ちなみに僕は165。
 年齢は20の後半と言った所。
 オールバックの髪と切れ長の眼がグレーの配色。角度が違うとシルバーに見える。
 シャープなイメージながらも雰囲気は柔らかそうに見えた。

「そんなにする事はないんだけどね」
 そう言って僕は左足を叩いて見せ、
「僕は左足が不自由でね、そうそう動くこともないから」
 と言った。それは僕が一日の大半をこの部屋で過ごすからだ。欲しいものとかは呼び鈴を鳴らせばフットマンが来て
取りに行ってくれる。食事もここで摂る。けど、その食事の目的は――――

「薬ですか」

 使用人室――――

 そう言う彼の向かいにフットマンとシェフと向かい合って座っている。

 使用人室は文字どうり使用人たちが集まる場所。食事や仕事の指示もここで行う。

「えぇ。食べ物は薬を飲むためだけにほんの僅かにしか摂りません。元々お身体の強い方ではないので薬を飲まない日
はないのですが、昔に比べて量が増えてしまいまして主治医も出来れば増やしたくないとお望みみたいなのですが、そ
れがなかなか」
 シェフはテーブルのマグを持ったまま困った表情で話す。

「それに薬の副作用で決まった時間に起きることが出来ないせいで、呼び鈴が鳴るまで部屋にも入れません」
 フットマンはマグのお茶を飲んですぐ手から離す。

「そう言われているのですか?」
 との問いかけに、少し口ごもり、
「・・・・言われてはいないのですが・・・・」
 ぎこちなく返す。いわゆる暗黙の了解みたいなのが成立していた。



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