そう言うと無言の訴えに変わった。

(おいおい訴えるなよ、訴えるなって)
 まいったなと思っていると、主人が店から出て来て、
「おい、いつまでかかって。ん?どうしたその子供?見るからに良さそうな家の子供だな」
 リィを見てひざまずく。

(助かった)

「はい。使用人とはぐれて道に迷ったんだそうです。名前はって聞いたんですけど、下の名前を覚えてないみたいで」
「それは困ったなぁ」
「そうなんですよ、それに俺の家に泊めてくれって言うものだから」
 安堵した表情で言ってたら、
「泊めたらいいじゃないか」
「はぁ?なんでそうなるんですか?」
 さらりと賛成勢力に早変わり。

「今は気が動転して思い出せないだけかもしれないじゃないか。安静にして寝れば思い出すだろう。なぁ、僕」
「うんっ」
「だったら店長の所に泊めたらいいでしょ」
「お前だってわかっているだろ。ワシの家は子供が3人もいるんだ。この子一人に構う事は出来ない。カミさんもうる
さいしな」

 あぁそうだった。ここのカミさんすんげぇ気が強かったんだった。

「・・・・わかりましたよ。泊めればいいんでしょ泊めれば」
「わかりしだい電話をくれたらワシが連絡してやるから」
「はーい」

 その夜、仕事を終えた俺はリィ様を連れて自宅へと帰った。

「汚いって言う割にはそうでもないよね」
 辺りを見渡すリィに、
「どんなの期待してたんだよ。とりあえず座れ」
 ドサッとテーブルの上にバスケットを置く。夕食は店長が食えと言って渡されたバスケットの弁当。
 
 戸棚の方を向き、とりわけ用の皿を取り出して振り返ると、椅子のそばでじっと立ってるので、
「どうした?すわらないのか」
 聞いた時ハッとした。

 あぁそうだった。こういった家は椅子を引いてから座るんだった。だがそれをするのは使用人。あいにく俺は使用人
じゃない。しかしこのままだとらちが明かないので、

「あぁ、椅子が高いのか。ほれ」

 抱き上げて座らせた後、皿をテーブルに置いて次はポットに水を入れて火をかける。それから弁当を皿に分け、少し
つまんでると、火をかけたポットが沸騰してきたので、ディスは立ち上がり、再び戸棚から今度はマグカップを取り出
し、次に流しの上の戸棚から紅茶を取り出して入れ、それを雑にリィに渡す。

「悪いな、今コーヒー切らしててよ、紅茶で我慢してくれ」
「いいよ。僕こっちの方が好きだから」
 マグカップを両手でつかんで飲む。

 ディスはマグの取っ手を持たずに、
「でも坊ちゃんちに出されてるようなお茶じゃねぇから、そんなにおいしくはねぇだろ」
 再び向かいに座る。

 そして食後に再び紅茶を出す。

「ねぇおにぃさん」
 リィは紅茶に映る自分を眺めながら、椅子に横座りして取っ手を持たずに飲んでいるディスに、
「ん?」
「どうしてそんなに無理してるの?」
 何気もなく聞いた。

 その質問に、
「・・・・」
 ディスは震えそうになるカップを持つ手を何とか抑え、
「無理・・・・無理ってなんだよ。俺は別に無理なんて」
 返したが、
「着席のマナーだって一般の人でも大体は分かるよ。それに本当はコーヒーなんてないんでしょ?」
 顔を上げ、
「な」
「紅茶の管理が普通の人と違う。それに紅茶に関わる人はわずかしかいない。その中でも」
 意味ありげに言葉を止め、その続きをディスが、
「執事は上。という事か」
 冷静に継ぎ返す。

 さすがにここまで言われては反論する余地もなく、観念したかのようにマグをテーブルに置き、
「そうだ。だがずっと前だ」
 返し、ある事を察して少し間を置き、
「坊ちゃん、名前を隠したな」
 問いかける。

その問いに素直にうなずき、
「これが最初じゃないな」
「そうだよ。色んな人に声をかけた。出来そうだなぁって思う人や、中にはおにぃさんのような人もいたけど、やっぱ
りしなくなると紅茶の管理がおろそかになってるし、物事に対して雑にもなってる。
 もし僕が名前でも言えば本来の姿は見れないかなぁと思って。良家の子息ってだけならどこにでもいるしね」
 返した。

 つまり中身を試していたのか。良家の子息なら庶民と少し近い位置にある。だから他愛もなく話せる。そして子供な
らではのごまかしも聞く。それを考えてしている事に恐れ入る。

「で、どうしてこんな手の込んだ事を?執事が欲しかったら父親に頼めばいいだろ」

「うん。父様はつけてあげるといったけれど、ぼくは自分だけの物が欲しいんだって言ったら、じゃあ探しておいでっ
て車で送ってもらって来たんだ」

「それで使用人と離れたふりをして探してたのか」
「うん。そうしないと」

 中身が試せない。これだけ見抜く力があれば人選を間違えない、そう考えて許した父親にも恐れ入る。

ねぇおにいさん」
 切り出した時、スパッと、
「悪いが俺は断る。俺は二度としないと決めてんだ」
 断る。




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