アルベルトは2階の廊下から裏庭で遊んでいるリィとそれを見ているルゥ達をほほえましく眺めていたその時だった。
 バンッ!と玄関の扉が勢い良く開いたのを聞き、その音に応え玄関へと向かうと、レルの執事がなにやら不機嫌そうな
顔でそこに立っていた。物々しく腰にはサーベルを差している。

「これは・・・・どうしました?」
 聞くと、手を差し出し、
「それを渡せ」
 言いだした。

「え」

 アルベルトはその視線の先にあるものを見る。
 ネクタイの結び目下にあるエンブレムだ。指輪の形をしていたのはそこにはめる為だったのだ。

「あんた前に言ったよな。あってもなくても構わないって。なら渡してもらおうか」
 差し出した手で促す。どうやら街にいた際に誰かが見て報告したのだろう。

アルベルトは視線を戻し、
「お断りします」
「なに」
 断った。

「自分で買ったものならば構いません。ですがこれはご主人様から頂いたもの。お渡しする事は出来ません」
「渡せ」
「ご理解ください」
 そう言っても、
「いいから渡せっ!」
 繰り返す。だがこちらも、
「渡せません」
 譲らない。

「・・・・っ!来いっ!」
 らちが明かないと思ったのか、腕をつかまれて玄関先の庭に引っ張り出され、
「何が何でももらうからなっ!覚悟しろっ!」
 向かい側にやった無防備なアルベルトに対し、サーベルを抜いて突いてきた。それを後退しながら避ける。

 その間にリィやディスを含めた使用人たちがアルベルトの少し離れた向かい側に来る。ひと悶着あったのを少し遠く
から聞いていたメイドが報せたのだ。

 それにリィはルゥを見上げて、
「ねぇにぃ様。自分も持ってるのにどうして欲しがるの?」
 不思議そうに聞いてきた。

「さぁ。僕にもわからないよ。僕にとってエンブレムはその家の表札みたいなもの。それ以上でもなければ以下でもな
い。でも、それをそうではないと思う者もいるんだろうね」

「しかし卑怯ですよね。武器のない相手に」

 遅れてディスがやって来た。手にはペールグリーンで白色のエンブレムが入った旗を持っている。

 そしてアルベルトに向って強く投げ飛ばす。
 それにアルベルトは左腕で受け止めると同時にそこで回転を数回つけ、その中間でパッと手に取ると同時に腕を右肩
まで引き寄せてすぐ下に半円を描くかのようにブワッと垂直にひるがえす。それに歓声が上がる。


「お願いですからやめて下さい」
 困った表情でそう言いながら指の間で旗を半回転させ、布地を後方にやると同時に脇の方へとおさめ、相手と同じよ
うに半身に構える。

「そうして欲しかったらそれを渡せ」
「それはお断りすると何度も」
「なら覚悟しろ」
 かかってくる。アルベルトはそれを受払いしながら、

「うわっ」
 その執事の足を払って後方へ転倒させた。

「もういいでしょう。おさめて下さい」
 困惑した顔で見下ろすアルベルトに、
「誰がっ!」
 起き上がると同時にシュッとサーベルを突きだされて首をわずかに傾け、ワンステップ後退する。

「それをつけていいのは俺だけだっ!俺以外の人間がそれをつける事は許さない!許されないんだっ!」
 その言葉に対し何かに気がつく。

「あなたでしたか。街の中を見てもつけていない人がいたのは」

二人は間合いを開けたまま静止する。

「そうだ。違う屋敷に行くたび行くたび取ってやったんだよ。中には隠したり作り直す家もあるが、それを探し出し、
作ったのも取ってやるんだよ。
 俺にとってエンブレムは誇りだ。その家の力の証明だ。それを奪うという事は、その家の力を支配する事。意のまま
に操る事が出来るものだ。でもここにこだわりがあってだな、大した事のない2,3流はもらわないんだよ。お前が街
で見てきたのは、2,3流だ」

 背広の裏には気持ち悪いぐらいびっしりとエンブレムがあり、そこにはブレンダ家のエンブレムも付いている。


『侯爵様。エンブレムはどうしたんです?』

『探してる所なんだけど、どこにもないんだよ』
 伏せ目がちだった視線を、
『誰かが持ち去ったみたいにさ』
 意味ありげにジロリとレルの隣にいる執事を見るが、その執事は素知らぬ表情をする。
 

 ルゥは知っていた。この執事が持っていった事を。そして先ほど庭であの後どうなったのかディスに聞いた。

『それより新入り、エンブレムをまだもらってないのか』

『それが何か?』

『渡さないって事は、ご主人様はもう人を信じてないのかもな』

 それは自分が持っている。渡さないのではなく、渡したくても渡せられない。そう言っているのと同じだ。

―俺にとってエンブレムは誇りだ。その家の力の証明だ。それを奪うという事は、その家の力を支配する事。
意のままに操る事が出来るものだ。―


(つまらない)

「まさか作り直すとは思ってなかったからな。正直驚いた。だがそれを見た以上、それはもらっていく。そしてお前も
もらっていけば」
 その半ば構え、
「主人に褒められるからなっ!」
 再びかかってきた!

 そして左に突き出し、アルベルトとの間を詰めてそのエンブレムに手を伸ばした次の瞬間、
今まで顔色を変えなかったルゥが、眼を閉じて顔をそらす。

(取られるっ!)




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