ルゥを寝室へと運び、眠ったのを確認してから部屋を出る。 時間は午後十一時――――

 地下・使用人室へと入ると、険悪なムードがしていた。そこには奴が囚われた泥棒のように周りを取り囲まれていた。

 その異様な雰囲気に、
「これは・・・・どうしたんですか」
 驚いて入ってきた。使用人たちが道を開けてディスの方に向かわせる。

「どうしたもこうしたもねぇだろ。ご主人様に対してあの暴言、失礼にもほどがある。かつてここの執事ならなおのこ
とゆるさねぇよ。撤回するまでここから一歩も動かさねぇ」

「そのような事をしては相手の主人に」

“後の事をと”目配せはしたが、こうするようにというお願いではない。

「好きにしろだって、薄情なご主人様ですよね」
 使用人の一人がそう言うと、向かい側に立って、
「なぜあのような事を言ったのですか?」
 問いかけた。

「なぜって?大変だろうなと思ったんだよ。あんな面倒な主人の世話はさ」
 相変わらず横柄な態度で見下すように脚を組む。

「てめっ」
 ディスの手が出そうになった。それに腕をかざして止め、
「貴方様は長年ここにいたのでしょう。ならお気持ちはわかっていたはず。ご主人様は貴方を信じていた。信じていた
からこそ、貴方がそちらのお屋敷に行った時、どれだけお心を痛め、部屋の一室に籠ってしまった。それがどういう事
なのかわかっていた。わかっていながら、どうして行ってしまったのです?」
 問いかける。それにハッといった感じで、
「そんなの簡単だよ、金と自分の実力を思う存分発揮したかったからだよ。でもここのご主人様じゃ金は良くても、能力
を発揮する事は出来ないだろ。それに信じてたとか言っても、そんなの俺には関係ないじゃないか。あっちが勝手に信じ
てただけだろ。

 俺は最初っからただ単に給金が良かったから来ただけさ。それがもっといい給金で、能力まで発揮できるとなると、
これほどいい話はないだろ。自身の能力とそれに似合った給金はそうそうない。だから売りに行った。それの何が
いけない」
 答えがきた。それに風に消えそうな静かな声で、
「・・・・そうですか」
 返す。

「それより新入り、エンブレムをまだもらってないのか」

「それが何か?」

「渡さないって事は、ご主人様はもう人を信じてないのかもな」

「てめぇそれ以上くちをひらく」
 再び身を乗り出そうとしたディスを再度とめ、
「エンブレムがあるかどうかで信頼というものは推し量ることなどできないものでしょう。ましてご主人様はそのよう
な事でお決めになるような方ではありません。私は、あってもなくても構いません」
 言い返した。それに鼻で笑われ、
「ない奴に言われても説得力がないな」
 嘲笑され、ひらひらと手を振ってその場から出ていった。

翌朝――――

「おはようございます、ご主人様」

 ルゥは上半身を起こす。

「アルベルト」
「はい」
 紅茶を入れているアルベルトに声をかけ、
「昨日の事、みんなに」
 言いかけた時、
「何の事でしょう?」
 笑顔ですらりと応え、スッと紅茶を差し出す。それを受け取り、
「ご朝食は御着替えが済み次第、こちらにお持ちいたします」
「それって・・・・まだいるんだね」
 飲む。好きにしてもいいとは言ったが、まさか泊まるとは。きっとリィあたりがステファニーに泊まっていか
ないかと言ったのだろう。それに便乗したのだろう。

「はい。お昼頃にはお帰りになると言っておりました」
「そう」


 それから数日後。

 ルゥは配達物を置く専用の部屋にいた。現に装飾の施された箱が多い。
 テーブルに置かれた手のひらサイズの箱を手にして紐を解いて出す。それは指輪の箱。
 その箱を開け、その中身を見て幸せそうに笑った。

「お呼びでしょうか」
 アルベルトはルゥの方へ歩み寄り、間を開けてひざまずく。

 ルゥは開けた箱を差し出す。それは指輪の形をしたエンブレム。色ははボタンと同じゴールド。

 それにアルベルトは驚き、
「よろしいのですか?」
 聞いた。それにルゥは何も言わずにうなずく。

「・・・・ありがとうございます」

 笑みで応えると、ルゥは自ら付けようとそれを持ってアルベルトに手を伸ばしたその時、
「いや、あの」
 あわてて手を出して止め、
「?」
「その」
 少しのけぞると同時に白い頬に赤みが差し、うつむいて目をそらす。よく見たら耳まで赤い。

「・・・・誰にでもそうなの?」

「・・・・はい」

 という事は、もはや使用人すべてに知れ渡っている事になる。僕が知らなかったのは、
(よく考えれば僕、触れた時とか見てない)
 と、言う事。
 
 そう、抱かれていたり、胸に当たっているにもかかわらず今の今まで見ていなかったのだ。その間、アルベルトは
今のように赤かったに違いない。一番触れるはずの執事がそうなるなんてと思ったら、と、それにルゥはしばらくして
せきを切ったかのようにクスクス笑い出す。

 それに顔を赤らめながらも、笑顔でルゥを見上げていた。

 それでも僕に何かがあればそうしてくれる事が嬉しかった。


 それから数日後の昼下がり――――





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