それから――――

「いい、坊や。これはこう使うのよ」
 ミリィが櫻井の家で女性のしぐさとかを教えていた。
「うん」
 気楽にうなずく櫻井。それにミリィは、
「驚かないのね。慎二が警察でも」

 牧慎二。本名:氷川慎二。警視庁捜査一課・課長。警視正。

「別に。そんな事でいちいち驚いてたらやってられないよ。それに日常だって驚きの連続なんだから」

 それにすんなり納得が出来た。

 確かにあの戦慄めいた特殊な雰囲気を出す一般人はいないし、生まれつきでもここまではない。
 犯人を相手にするのだからそれと同等、またそれ以上の気迫を持っていてもおかしくない。まして課長クラス。
 それも全て「警察」だと言われると納得がいく。

「フフッ、それもそうね」

 そして唐竹さんは牧の相方。あの牧の相手をするのはあの人しか無理そうな気がする・・・・

 けど俺はそんな事よりも、

「ミリィ、聞きたい事があるんだけど」

それだけの男がどうして、

「なに?」

 ここにいるのかということ――――




 あんな味のない煙草を吸ったのは初めてだった――――

 普段は口うるさい女がその時ばかりは泣いていた。
 そして俺に向かって謝り続ける。
 それに対して怒らなかった。そんなのはただの奴あたりだ。
 この女が悪いのではない。死んでいるこの男が悪いのではない。

 悪いのは――――

 俺だ。

 恋人に言葉を言い残し、その血の海と化した所から銃を拾い上げ、へたり込んでいる女を引っ張り上げてその場から出た。

 泣きじゃくる女の手を握り、何も言わずに歩いた。
 途中、人のいない広場、気休め程度に置かれているベンチに一緒に座り、乾いた血の手で煙草を口にした。

 火をつけて吸ったのに味がしない。初めての事だった。

 それを捨て、足で踏みにじり、女の方を見る。泣きは止んだが、今度はうつむいて何も話そうとしない。

 そして反対側を見る。

 昨日までいたはずの相手がいない――――

 保証はしない。それでもいいのかと、なる相手には聞いた。

 それでも構わないと、いつものように返って来た。

 なのにいつも間に合わない。大事な時に限ってそれが間に合わない。

 一つの愛が罪を帯びて終わる。いつものように。

 残るのは後悔と罪悪。

 そこに感情がなかったわけではない。
 口内に鉛の味を感じるほどの打ちよせるものがその度に、回数を重ねるごとに増していく。

 そしてとうとう殺された――――

 煙草の味が感じ取れないほど、口内は麻痺した。

 自分は恋をしてはいけないのか?

 愛がするたびに遠ざかっていく。そんな気持ちに見舞われていく――――

 もうしなければ、逢った人はみな別の幸せを得られたのではないのか?

 そう思って、求める手を自ら引いた。求めれば人は求めてくる。引けは誰も求めてはこない。

 引いたはずなのに、その手を掴まれた。あの男が俺の手を掴んで真っすぐな目で自分を見た。

 俺が触れるもの全てが不幸になり、消されていく。

 だから突き放した。

 触れたら不幸にさせてしまう。

 なのにどうしてだろう、気持ちが迫って来る。

 逃れられない心がそこにある。

人は恋をする事を止める事は出来ない。

 いいだろう。これが――――

「最後だ」

 最後かもしれない。そう――――思った。




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