翌日――――

 櫻井は昨日の疲れもあってか午前十時を過ぎても寝ていた。

 そこに――――

 ガンガンガンガンガンガンガンガン

 けたたましいノックが・・・・・

 無視をしようにもシンバル並みにうるさい。

「誰だよっ!」
 ガバッと起き、階段をのらりくらりと降り、
「何か用ですか?」
 開けてみると、
「お前カメラマンなんだろ、見てほしいものがあるんだ」
 右隣に住むおっさん。田淵良雄、45歳。レベルAA(ダブルエー)警備員・交番員クラス。職業は探偵(自称)。

 そう言って遠慮もなく片付いた部屋に上がり込み、新調したソファにこれもまた遠慮もなく座り、胸ポケットから写真をピ
ラッとまだ覚めない櫻井に差し出す。

「何を?」

 あくびをしながら寝ぼけ眼でその写真を見る。

(ん・・・・)

「合成だよ。それがどうかしたの?」
 返した。

「じゃあ嘘だな」

「?」

「今ちょっとストーカーに追われている子の依頼を受けていてな。調査と護衛を兼ねてるんだ」
 聞いてもないのに言われる。それに、
「そんなの警察に頼めばいいじゃん」
 簡単に返す。

「それがな、親に迷惑をかけたくないから秘密裏にしてくれって」
「ふーん。で、そのストーカーにこれは合成だと、いい加減にしないかとか仲裁する証拠にするわけ?」
「・・・・ま、まぁ」
 その問いに歯切れが悪くなる。それを不審に思った櫻井は、

「なぁ・・・・そのストーカー被害っていつ頃からなんだよ?」
 問いかける。

「田淵さん」
 問い詰める。

「・・・・3か月前」

「はいっ?!」
 呆れる。

 その呆れの迫力にのけぞって、手を前にかざし、
「い、いやよう、その相手のレベルがS3なんだよ」
 情けない声で返す。

「田淵さんより上じゃん。なんでそんな依頼受けたんだよ」
「受けた後に聞いたんだよ」
「受ける前に聞けよっ!何考えてんだよっ!」

「しかもそいつ、暴力的で手の付けようがなくて、近寄れないんだ」

 それに引きつり、
「・・・・あのさ、おっさん写真を見てくれというのは、ひょっとしなくても口実?」
 それとなく聞く。答えは当然、

 こっくり。それに、

「俺やだからね」
 即お断り。それに、
「頼むっ!手伝ってくれっ!報酬はするし」
 パンッとかざしていた手を鳴らすと同時に合わせ、まるで櫻井を仏さまのように拝んでいる。

 拝まれている櫻井は、
「俺は仏様じゃないっ!それにそういった事は隣の牧さんに頼めばいいだろ。あのひとワールドクラスなんだし、それに学者
だからそれに似合った分析もしてくれるだろうし」
 返すと、手を下ろすと同時に嫌そうな表情をし、
「いや・・・・俺、あの手の人間が苦手で」
 この田淵でさえ嫌がるほどの人間である。それは相当と言えよう。

「苦手とか言ってる場合じゃ」
 言いかけた櫻井に再び、
「頼むっ!武器を持ってない人間なら撃ったりはしないだろ。無抵抗の人間を撃てばどうなるかぐらいそいつだってわかるは
ずだ。その時に間に入ってくれるだけでいいからっ!」

「じょ・・・・冗談よせよっ!俺は絶対に」

「頼むっ!」

 その頼みに断る言葉が吹っ飛ぶ。

「・・・・」

「それでだ、あの先生にそうなった場合の傾向と対策を聞いてきてもらえないか」
 下の根も乾かずに言う。

「はぁ?!あんたも苦手なら、俺なんてもっとだっ。それにおっさんさっき無抵抗の人間に銃を放ったりはしないって言った
ばっかしじゃんっ!」

「だから万が一だってっ!大丈夫っ!もしそうなったら俺が守ってやるから安心しろ」

「・・・・」

夜――――

 櫻井は牧を待っていた。そのせいなのか気が重そうな顔をしている。今日は一日そんな気分だった。
 鉢合わせ以外は会いたくないと思っていた相手と今度は会話である。はたして会話になるのかどうか。
それか前のようにあっさりドアを閉められるか。

(速攻で閉めそう)

 関わりあいになりたくなさそうな人間が大いにかかわる事に手を出す確率はゼロと言って過言ではない。
 これで無理だとあのおっさんに言った所で、今朝のように仏さまのように拝まれるのがオチ。だが、自分は仏様じゃない。

 櫻井はダメモトで意を決して再び牧のドアをノックする。

 相変わらずの愛想のなさ。

「あの・・・・聞きたい事がありまして」

「・・・・入れ」

 それから櫻井は経緯を話す。それにその間に煙草を吸っていた牧はフーッといきを吐き、

「その女、これが最初じゃない」

「え」

「親に迷惑をかけたくない。よくあるセリフだ」

「・・・・で、傾向と対策を」
 聞いた。それに即。
「ない」
 灰を落とすと同時に返ってきた。

「え」

「簡単な話だ。守るにしてもそういう場合なら離れて行うのが普通だ。それを三カ月もつきっきりだと?バカにもほどがある。
相手はそれを仲だと思って勘違いする。するとどうなる。普通ならあきらめるが、こういった相手は裏切りと思い、それを
裂こうとする。場合によっては――――」

 意味深く言葉を止め、

「そんな相手が話を聞いてくれると思うか?」

 櫻井を睨むように見る。わずかな時間であるのに長く時が流れたような感覚を感じた。

 それに櫻井はハッとして、
「ま、まぁあのおっさんは命の保証はしてくれるって言うし。これっ限りで離れますよ」
 ぎこちない笑いをしながらその視線を避ける。それに再びタバコをふかし、
「保証されると思うか?」

「え」

「あいつはお前が思っているほど良い人間じゃない。
 この男もこの女と形は違えど同じ考えで生きている。お前の事などどうとも思ってない」

 それにフッと誰かが笑った。

(今、誰かが笑った様な気が)

 違和感を覚えながら櫻井はその部屋から出た。

 ドアを閉める牧の後ろで、
「かわいい坊やね」
 女の声がする。

「・・・・」

「どうするの?あのままだと」

「知るか」



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