7日後、櫻井が帰国する日。

 昨日の事が話題となったが、相変わらずイライラしながら講義をする牧。
 しかもタチの悪い事に、助手の仲間である4人の教授たちが昼間に一人ずつきて、教えてやってはくれないかと言う。
 それを無視し、いつもと変らない時間に帰ろうとした矢先、携帯に連絡が入る。あの助手からだ。

射撃場で待っているという。

 大体の予想がついていた牧は射撃場へと向かう。そこにはその助手がおり、どうしても教えて欲しいと食い下がる。
だが断り、背を向けた途端、弾丸が横を通過した。それを視線のみで後方を見る牧に、
「死にたいんですか」
 自信満々な表情で言う助手に対し、
「死にたい?」
「そうだ。教えなければ。僕は人を殺してるんだ。怖いものなんて何もない。先生は腕はいいでしょうけど、
殺した事はないで――――」
 言いかけた言葉を、

「ある」

振り向きざま遮る牧。それに、
「へ」
呆けた返事を返す助手。

「な・・・・何人?」

「いちいち覚えてるか」

「え・・・・え・・・・・・」
 引きつって困惑しだす。

 その瞬間、射撃場の空気が変わる。コンクリートの冷たさではない。
それとは違う身震いすら起こす事が出来ない冷たさが辺りを覆う。

 牧は歩み寄る。音がしない。

 顔は冷たく無表情。抜き下ろす手。外すセーフティ。

「ひっ」
 それにあとずさる助手。それは昨日のチンピラを追い払った時の眼ではない。それよりも怖い、据わった冷徹な眼。
「俺はな、お前みたいな奴が嫌いなんだよ。何の覚悟も持たないでおもちゃを振り回してるガキが」
 引き金を引く、壁に当たって地べたに下がる。

「銃を持つということは、自分の身は自分で守るという意思表示だ。生きようが死のうが、殺そうが殺されようが、それも飲み
込むだけの覚悟を要する。そのぶん殺した人間の命の重さもだ」

 キリキリとハンマーが上がる。

 震えて身構える事が出来ない。先ほどの威勢はどこにやら。そして目をそらすにもその視線が突き刺さってそらす事が出来ない。

「じゃあな」

「あ・・・・あ・・・・・」

 命ごいの間もないまま胸に穴が開き、その身体は重力を失い、腕はだらけて銃を離す。

 それに牧は眼を閉じ、こんな馬鹿でも手を合わせるのかと思いきや、
「チッ」
 舌うちをすると同時に、
「・・・・最悪だ」
 薄く眼を見開けた次の瞬間、慎二は右手に持っていたフランクをパンッと左手に持ち替え、その少し横の管理室のような部
屋のくもりガラスに撃ちこんだ。

 そこから悲鳴が聞こえ、フランクをホルスターに瞬時に戻してバッと走り飛んでそのドアを蹴破った。
 中には馬鹿助手の仲間の教授四人◆が死んだ助手と同じように恐怖におののいていた。逃げればよかったものを、身がすく
んで動けなかったのだ。

 それに牧はそのままの勢いで3人をぶちのめし、最後の人間の胸ぐらを掴むと同時に顔を寄せ、
「これが殺すという事だ。しっかりその頭に刻んでおけ」
 ガンっと一発、頭突きを食らわせてその場を後にした。

 ちょうどその頃、櫻井は大学へとタクシーを向けていた。それは空港到着後間もなく芳井から電話があり、ごはんのお誘い
があった。田淵も来るので、牧もどうかとの話だった。芳井は一度かけているのだが、そのころ牧は四人をぼこってる最中。
当然とれるはずもなく、まして機嫌が悪い。大学の前で待ち合わせという事にして、機嫌が悪いのを知っている櫻井は自分が
いって来るといい、大学へと向かう。

 それからしばらくして、大学へと到着した櫻井は牧の部屋へと向かう。

その部屋に入った櫻井はある光景を見て絶句する。

 そのとき牧は机の上に少し乗り、弾を銃に詰めていた。その傍には使い終わった薬莢のカラ。淡い夕焼けの光、それを受け
ながら黙って弾を詰めている。
 櫻井が来たことに牧は気付き、

「なにやってんだ」

「え・・・・いや、夕日がきれいだなぁと思って」

「だったら俺がいない時にしろ」

「?」
 疑問符と共に首を傾けると、
「写真が嫌いなんだ」
 そう言って勢いよく右腕を振ってバシンとシリンダーを戻してセーフティをかける。



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