その翌日――――

 携帯プレーヤーで聴きながらあくびをしてやって来た沢村に向かい側から清水が、それに沢村は、
(おいでなすったか)
 イヤホンをはずし、何も言わずに取調室へ――――

「君に容疑がかかっている」

「へぇなんですか」

「昨夜、とあるホテルで不可思議な事があった。突然、電子ロックが解除され、火災警報機が誤作動を起こした。
その際、課長の知人である女性がさらわれた」

「ふーん。で、そこで俺の容疑はなんですか?」

「君はこういった事に関してはプロだ。ホテルの警備システムをハックすることぐらい造作もない」

「そんなの俺じゃなくてもそんな事が出来る奴はいくらでもいますよ。それにイタズラとも考えられます。それにそんなの
たまたまそうだったんじゃないんですか。タイミング悪く当たる事なんてよくありますし」

「その女性の部屋だけロックが解除された。たまたまでこうはならない。相手はあらかじめ女性の部屋を知っていた」
 沢村に目を向ける。

「ならストーカーでしょ。ストーカーの執念をバカにしちゃいけませんよ。嫉妬に狂った女と同じぐらい恐ろしいですから」

 ダンっ!

「いいかげん認めたらどうだ。お前がしたんだろ」
 デカらしい事をしたが、すぐ、
「証拠は?」

「え」

 そう聞かれてすぐ威勢は消え、
「俺がやったと言う証拠はどこですか?見せて下さい」
 静まり返る事、約5秒――――

「まさかないって言うんじゃないでしょうね。いつもみたいに」

 再び5秒――――

「いや・・・・」

「それか、自分は上司で信用されているから証拠なんてなくても
言ってくれるなんて、そんなあまっちょろい考えじゃないでしょうねぇ・・・・・」

 呆れながらも意味ありげに言葉を止める。それに――――

「その」
 うつむく。あっさり形勢逆転。呆れる沢村。

「俺たちは警察ですよ。いくら一緒にしてきた仲でも、そこはちゃんと筋道をつけるのが道理です。
警察ならよけいそう言った事をしてはいけないんじゃないですか?」

 それから3分――――

「いいから話せ」

(あ、開き直りやがった)

「証拠を出せよ。なければ認めない」

「いつまで意地を張ってるつも」
 立ち上がって再び威勢を張ろうとしたが、にらみあげ、
「意地なんて張ってません。証拠を出せとごく当たり前の事を言ってるんです。これは俺じゃ
なくったって、ここに座らされた誰もが提示を求めますよ」
 鼻で笑い、
「質問」
 足を机の上に乗せ、その場で組む。

「どうして証拠がいるのでしょうか?清水主任、お答えください。制限時間は10秒です」

 約10秒――――

「ブブー。回答、どうして証拠がいるのか?それはその人間が確実にしたという
確信を得るためであり、誤認しないようにするためでしたー」
 少しふざけ気味に言った後、
「はい、次の問題――――
その誤認をした場合、それにより被害にあった人が今後どうなるかお答えください、制限時間は先ほどと同じ10秒です」

 約10秒――――

「ブブー。答え、俺たちにとっては些細なことでも、誤認逮捕された人間は社会的地位がなくなる場合もありえます。
そんな事はなここの下っ端、いや、警察学校にいる奴でも理解してます――――」

 すぅと息を吸い、

「そんな事もわからないのかっ!もっかい警察学校からやり直して来いっ!」

 
ガンっ!

 置いていた足で机を強打!それに、

「ひっ!」

 しりもちをつく清水。

 沢村は席を立ち、
「なっさけねー。だからホシに舐められんだよ」
軽蔑した表情をして見下ろし、取調室を後にした。

 その廊下を歩いていると後ろから、
「お見事」
 手を叩いて唐竹が来た。それに立ち止まる。

「あ、係長、見てたんですか」
「あぁ、聞いてな」
 唐竹は取調室のマジックミラーから見学していた。

「まったく、あれだけの事をしておいて、自分が一体どういう意味でそこに置かれているか一度でも考えた事は」

「なさそうだな」

「でしょうね。あーあ、あんな大人にだけはなりたくないですね」
 呆れた溜息をつく。それに唐竹も笑いながら腕を組む。

 その日の夕方――――

唐竹が帰宅の準備をしていると、部下に怒られて消沈している清水に声をかけられた。それに唐竹はあっけらかんと、
「あぁそれな、解決した」

「えっ」

「いや、昼ごろ所轄に来て保護された。なんでも人違いだったらしい。犯人がその階ではなく
その下の階にいた女性を狙っていたようなんだが、情報を誤ったらしい」
 答えてカバンを小脇に挟み、

「で、犯人は?」

「捕まってその所轄で取り調べを受けている。明日になれば詳細がこっちに回って来るだろ」
 イスを中に入れる。

「そ、そうですか」
「へぇ・・・・」
 そう言ってる清水の背後から息を吹きかけるかのような位置で棒読みで囁く。

「ひっ!」
沢村だ。本日一番あいたくない部下第一位。

「それは良かったですね」
 そう言いながら、眼の下の血管はピクピクとけいれんしている。

「あ・・・・あぁ」
 後ずさり。

 それに沢村は前のようにスゥっと息を吸い、

「ワンっ!」

 声高に言った瞬間、猛ダッシュで逃げた。

「うわ、はえ」

「競走馬並みだな。試しに競馬場に置いてみるか」

「止めてあげましょう。相手をさせられる馬が
気の毒です」



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