牧の声が脳裏をよぎった。
兄さんは最後までミリィに触れさせてはくれなかった。それはきっと最後は僕に渡してくれるものと思っていた。
兄さんは国内の銃を全てがだめになってしまった。それは兄さんの力に銃の力が負けてしまった故の結果だ。
そして兄さんは渡米してラスト・ジョーカーを手に入れた。
兄さんの力を十二分に発揮するその銃は、同じレベルである人間、僕にしか扱えないもの。今でもそう思っている。
月始めの公式行事。その行事が終わり、兄さんが通るはずであろうその廊下で待っていた。
兄さんが迫って来る。鼓動が高鳴る。
あぁやっと今までしてきた事が報われる。
やっとわかってくれたんだ。
自分には僕しかいないと――――
「にい」
いうこ――――
ザっ!
(え・・・・)
待っていた僕を兄さんは一瞥もくれることなく踏み込んで通り過ぎた。
「ま、まっ」
追いかけてその手を止めようとした。けれど、わずかな差でとらえる事が出来なかった。
そしてあの銃はあの役立たずの手に渡った。その役立たずが笑った時、ひずみが入った――――
「兄さん!」
声を荒げる。
「うるさい。何の用だ?」
「どうしてあんな奴に渡したんだっ!使えもしないのに、どうして!」
「力があるかないかで持つ相手を選ばないといけない決まりでもあるのか?」
「そ、それは」
「足りないものは補えば済む事だ」
「足りないものがありすぎるよ!」
「・・・・」
それに兄さんは何も言わなかった。視線を向けるだけで何も言わなかった。
どうして兄さんは分かってくれないのだろう。これだけ求めているのに、なぜそれを拒み避けるのか。
数年前のあの時から、抱きついた瞬間、拒絶とも取れるとてつもない力で押し飛ばされた。
それ以降、兄さんは僕が触ろうとするとそれを察して避けていく。
あれから兄さんをとらえる事が出来ない。わずかの差、その幅が広くなって、半歩、そして一歩。
触れようとするたびに貴方は遠ざかっていく。
なぜだ?
それはそうさせる人間が現れたと言う事に他ならない。
そう、それはあいつらだ。
あいつらは僕と兄さんの間を遮る邪魔ものの何物でもない。それを取り除く事。
それが邪魔なものである事に彼は気付いていないんだ。
それさえ取り除けば、兄さんは僕だけを見てくれる。
兄さんにふさわしいのはこの僕だ。他の誰でもない、この僕だ。
この僕だこの僕だこの僕だこの僕だこの僕だこの僕だ!
消してやる消してやる消してやる消してやる消してやる!
そしてあいつに渡せと言った。命を的にされれば人の想いなどもろいものだ。
なのにあいつは渡さなかった。
だから殺した。
これみよがしに全弾抜き、倒れて息がない身体を蹴り飛ばし、掴んで離さない血に濡れたミリィを取ろうとした。
なのに取れない。死んでるはずなのに、取れない。まるでそこだけ生きているかのように、その手はミリィを離さない。
「離せっ!この役立たずっ!」
その時、後ろから兄さんが来て慌てて逃げ、遠まわしで今しがた来たかのようにふるまった。
立ち尽くす兄さんに僕は触れようとした。だがまたしても兄さんは今度、半歩ならぬ一歩踏み出してそれを避けた。
「唐竹を呼べ」
「え」
「呼べと言ってる」
「わ、わかったよ」
その手を下げ階段を降りた。これからはいつでも触れられる。そしてミリィもくれる。そう思って。
だがその思いは見事に砕かれた。
戻って来た時にはもはやいなかった。
そして取ろうとしたミリィもなかった。
あれだけ引っ張っても取れなかったミリィがすんなり取れるなんて――――!
どうして?
「どうして僕じゃない」
「どうして僕じゃないんだっ!」
「どうして見てくれないんだっ!」
葬儀――――
『嬉しいんでしょ。牧君が死んで。嬉しいんでしょ』
『おい』
『だってそうじゃないっ。ふだん自分の部下が死んだりしても来ないのに、こんな時だけ来るなんてっ!』
『母さ』
触れようとした。その時、
パンっ!
『っ』
『触らないでっ!』
『か』
『気持ち悪いっ!どっかにいってちょうだいっ!』
半狂乱の母の強烈な拒絶。それを止める父の、
『・・・・』
冷めた視線。
みんなわかってくれない。
「兄さんの事なら何でも知ってる!誰よりも!僕ならば兄さんを必ず幸せに出来る。
どうしてみんなそれがわからないんだっ!」
その言葉に牧は存在(いな)かった。
「うそね」
「なに・・・・!」
想いのたけを述べた言葉であるはずなのに、その言葉には中身がない。
そんな奴が牧の一瞬の感情などわかるはずもない。
「それでなんでも知ってる?何でも知っているなら、こんな事にはなってないじゃないっ!
どうしてその人の幸せを奪おうとするのっ!どうしてっ」
「それは僕の幸せじゃないからだっ!」
「――――!」
慎二はこの恋を最後にするかもしれない・・・・そう思うのよ。
そこに牧は存在しない。そこに――――
助けてほしいと願うすべての者を助けられるわけじゃない。
悲しい心も
俺たちは神様じゃないんだ。
伴う痛みも
なんでもできるわけじゃない。
全てが置き去りにされている。
そこにあるのは一方的な自我の欲望。ただそれのみ。
中身のない愛され方は――――
『気持ち悪いっ!どっかにいってちょうだいっ!』
「・・・・気持ち悪い」
地声が出た。
誰だって気持ちが悪い。
「貴様」
「そうだよ」
「ならばなおの事、それを渡せ」
それに櫻井は普段とは打って変わった冷静な表情で、
「いやだ」
眼を据える。
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