しかし――――

(う〜ん)

 そのせいでチョコはしぶとく櫻井の頭にしがみついていた。

 しかも今日は日曜。一と会う日。待ち合わせ時間よりも早く来、チョコの山を見ていた。
 こういう時は女装しているので不審には思われない。便利はいいが、それを素直に認めたくない。

 まさか人生の中でチョコをどうしようかと考えるなど櫻井も思ってもみなかっただろう。

「遼子さん」

「あ、氷川さん」

「時間になっても来ないので回っていた所です」

「え、やだ。ごめんなさいっ、あたしうっかり」

「いいですよ」

「また悩んでいたんですか?」

「えぇ」
 今度はチョコで。

「でも配布ようですけどね。あまりに安いのもどうかなぁと思って」

「そうですか」

「それにまだ日もある事ですし、違う所も見てから決めようと思います」
 それからしばらくして、前の場所で手洗いを済ませ戻ろうとした矢先、
「す、すいません」
「はい」
 声をかけられ、振り返る。相手は見るからに気の小さそうな男性。

「あ、あの。お名前は?」
「櫻井遼子ですが」
 そこで少し間を開け、
「バレンタインのチョコくれませんか」

 突拍子もない事に、
「は?」
 驚きを通り越して呆然となる。

「本当は本命が欲しいんですけど」
 勇気を振り絞って、
「え?」

「義理でもいいからチョコくださいっ!」

「ちょ、ちょっとっ」

 そう言って猛ダッシュ!

(何あれ・・・・・)

 わけがわからない・・・・・

そして当日――――

 意気揚々と出て行った田淵。さてその成果のほどは――――

「ゼロね。まぁ当然の結果だけど」

「・・・・」
 玉砕の撃沈。開ける事がなかった紙袋が更に虚しさを増幅させる。

「で、わざわざそれを報告しに来てくれたの?してくれなくったってわかりきってるわよ」
 両手を腰にやる。

「ミリィちゃん、チョコ」

 それにはぁ?!と呆れ、
「ないわよ。帰ってちょうだい」
 閉めようとした瞬間、

 ガっ

「そんなこと言わずに!」
 とっさに手を差し込んで開けようとする。

「何すんのよっ!離しなさいよっ!」

「いやだーっ!チョコーっ!」

「ちょっ、ドア壊れるでしょっ!」
 それに従ったのか手を離したのもつかの間、飛んできたので、

「きっ」

 素早い対応がとれず奇声をあげそうになったその時、田淵は後ろ襟を
思いっきり引っ張られ、その勢いで道路にまでふっ飛んだ。

「こ、怖かったぁ〜・・・・」
 ミリィは慎二に抱きつく。その背後には唐竹と櫻井。投げ飛ばしたのは牧。その手には小さな紙袋。

 それは牧が帰ろうと教授室から出ようとしていた時の事――――



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