唐竹がカバンを引っ提げて、
「おはようございます」
「おぅ」
 道行く人に挨拶されながら課内へと入ると、沢村がイスに座ったまま、
「あ、係長。おはようございまーす」
「おぅ」
 挨拶する。その横に、
「沢村君、座ったままで失礼だろう」
 注意を受ける。この男は清水。
「別にいい」
「は、はぁ」
 唐竹の部下の一人である。

 唐竹は自分のデスクに腰掛け、カバンを机の下にやると沢村がやってきて、
「またですか」
 という。それは、
「まったく決まった謹慎期間をすぐに下げて、来い、なんて。おかげさまで旅行にもいけやしない」
 決まった謹慎期間をすぐに下げる事にある。

「行けないその分、女の子がいるでしょ。いいなぁ唐竹さんは。誘っても来るし、誘わなくてもあっちから来る。どうやった
らそうなるんですか?」

「さぁな。自分で考えてくれ」

「ちぇー」

「で、その課長様はどこだ?」

「課長でしたら例の」

「委員会か。いつ帰って来る?」

「昼ごろには」

「わかった」

 昼ごろ――――

「氷川課長。自分に何かご用でしょうか」
 戻って来たその課長の机の間に立つ。

 警視庁捜査一課・二課。課長:氷川一警視正。(33)銃レベル:S1。あのとき櫻井がぶつかった男だ。

「人を捜してもらいたい」

「人?」
 きょとんとなる。

「人でしたら自分でなくてもいいのでは?」
 そう言うと、冷たい視線で、
「君は異性との筋がいいと聞く」
「はぁ。で、誰を?」
「この女性だ」
 写真を提示する。それをスッと受け取り、
「わかりました。捜しておきましょう」
 そう言って自分のデスクへ戻る間、それをヒラヒラさせながら、
(それで解除かよ。しかし女か・・・・珍しい事だな。もう諦めたのかな)
 そう思っていた矢先、天井に取り付けられたモニターが事件発生を知らせる。これはかなり大がかりなもの。

 だが――――

「自分一人で行ってくる。各自、いつもの勤務を」
 そう冷たく言い残して出て行った。

 それに課内の刑事は皆、不満顔。

(どうやらそうでもないようだな)

「そう言う事ですので、みなさん」
 清水が言うが、誰も聞かない。

「いつまでそんなツラしてんだ。さっさと仕事に戻れ」

「はい」
 唐竹が納めた。

「・・・・」

「どうした?」
「・・・・いえ」

その夜――――

 唐竹は牧の家に先に来、テーブルに座って考えていた。

(シルエットだけでどう捜せって言うんだあの冷血課長は。でもどこかで見たような気がするんだよなぁ)
 う〜んと思っていると、
「おじさまっ!」
 ミリィがテーブルと叩くとハッと顔をあげ、
「あ、悪い悪い」
 謝る。

「それよりどうしたの?なんか深刻そうだけど」

「いや、何でもないんだ」

「あたしに言いにくい事?」

「え」

「そうなんでしょ。おじさまがあたしに言わない事はだいたいあいつの事だもの」
 ミリィは忌々しい表情をする。それに唐竹は経緯を話す。その人探しの事もまとめて。

「一課と二課を兼任なんて随分な待遇よね。それって上司を超えた権力を握ってるから出来る事よね」

「あぁ」

「しかも一課の席に座ってるなんて、机を変えるならどうとも思わないけど、そのままなんでしょ?」

「あぁ」

「やだ、気持ち悪い。鳥肌が立つわ」
 腕を交差してさする。それに唐竹は笑って、
「ひょっとしたら写真も持ってたりしてな。んでもって毎朝、写真にしてたり」
 冗談めいた事を言う。

「洒落にならないわ。やめてよおじさ・・・・・」
 ミリィが言葉を止める。

「?どうした?」

「じゃああれって」

「心当たりがあるのか」

「どうかはわからないけど、慎二、出る時間帯に必ず悪寒がするのよ」
 人差し指を唇にあてる。

「・・・・」
 固まる事5秒。

「ま、まさかそんな事ないわよね。忘れてちょうだい」
 それに唐竹は顎に手をやり、
「いや・・・・人が想像できる事は実際にあるって言うしな。明日ちょっと確認してくる」
「そうそう話が少し脱線したけど、いったい誰を探すの?写真もらってきたんでしょ」
「あぁ、これなんだが。どこかで見たような気がするんだよな、このシルエット」
 内ポケットから差し出す。それにミリィはすぐ、
「あら、坊やじゃない」

「へ」

「実はね」
 その時の話をする。

「でもまさか会いたいなんて」

「捜せって言うぐらいだ。あぁ、そうかぁ。櫻井かぁ・・・・よりによってあいつの・・・・まいったなぁ」

 困惑の色を隠せなくなった次の瞬間、
「何がだ」
 横から声がしたので、
「うおっ、いたのかよっ!」
 オーバーアクションで驚く。

「今帰って来たばかりだ。なにが参っただ。言ってみろ」

「いや・・・・それは」

 ミリィから写真をかすめ取る。

「さしずめ、女装した櫻井を探せとでも言われたんだろ、あのバカに」
 向かい側にどさっと座る。

「あぁ。でもシルエットじゃ無理だとか理由つけて断る」
 と唐竹は話を閉じようとした、その時、
「櫻井よんで来い」
「わかったわ」
 ミリィに命じる。それに、
「慎二」
驚く唐竹。

「お前が考えてるのはそれもあるだろうが、それよりもっとほかに考えている事があるんじゃないのか?」

「え」

「櫻井を使ってあのバカに入り込めはしないか・・・・・」

 ギクッ

「違うか?」

「さすがだな」
 核心を突かれてお手上げの振りをする。

 それから少しして、
「一体何の用?」
 櫻井が入って来た。背後にいるミリィはドアを閉め、チェーンをかけ、最近買ってもらった
重厚な田淵撃退徳用フライパンを手にし、裏口を開け、

「引っ込んでなさいっ!」
 
ガンっ!バコンっ!ゴスっ!グサッ!

(グサッて・・・・、いまグサッてっ)

「全く、暇人はこれだからいやね」

 バンっとドアを閉め、

「さ、始めましょ」
「?」

 それから櫻井に経緯を話す。

「あ、あの時の人が」

「それでだ櫻井」
 唐竹が軽い咳払いののち、改まって、
「橋渡しになってもらいたい。命の保証は必ずとは言えない。危険が伴う。これは強制じゃない。
いやなら断ってくれても結構だ」

 それに櫻井はしばらく黙りこみ、それから、
「・・・・それって仕事に支障とか出るの?」
「そこは配慮する。お前の本業を妨げる事はしない」

 それにまた黙ったがすぐ、
「いいよ」
 応えた。

「坊や・・・・!」
 予想外の返事に言葉を失くすミリィ。だが櫻井は冷静に、
「守ってくれるん」
 その半ば、
「だろ」
 牧に目をやる。すると、牧はいつものように、
「必ずはない。それでもいいんだな」
 聞き返す。それに櫻井は何も言わずにうなづいた。




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