朝――――

「おはようございまーす」

 ジュッ!

「あーら、何かご用かしら」

「相変わらずお熱いごあいさつで」

「あらありがとう。もっと欲しいなら同じように熱したフライパンもあるけど、それもどうかしら?」
 にこやかな笑顔でもう片手に持っているフライパンを見せる。

「そ、それはちょっと」
 遠慮する田淵に、
「遠慮せずに受け取って」
 フライを離すと同時に両手に切り替え、
「ちょうだいっ!」

 
ゴパンっ!

「っぅ〜・・・・・・」
 座り込む。

「あ、フライパンがへこんじゃった。どうしてくれんのよっ!」

「そんな、それは俺の」
 
 ガンっ!

「ちぃ〜・・・・・」

「せいでしょっ!そもそも懲りずにご飯をもらいにくる田淵が悪いんじゃないっ!弁償しなさいよっ!お気に入りだったんだからっ!」

「そんな。それに呼び捨てに」
「あんたに
“さん”付けなんてもったいないわ。まだ名前で呼んでるだけありがたいと思いなさい」
 腕を組む。

 実は会ってからと言うもの、こうしてミリィにご飯をもらいに来てはミリィにフライパンではり倒されている。
そのフライパンが変形するという事は、それほどはり倒した証拠に他ならない。
 鉄は熱いうちに打てと言うが、まさかこれでへこむとは、執念と言う熱には恐れ入る。

「そ、それよりもご飯」

 その食い下がりにさすがのミリィも、
「うるさいわねぇ・・・・!」
 目もとをピクピクさせながら部屋に戻って、
「はい」
 ご飯を差し出した。それは――――

「何これ」

「見ての通りご飯じゃない」

「これ、なんかの切れ端じゃあ」

「ホットケーキのね。それから野菜とスクランブルとイチゴ。上等じゃない。坊や寝坊しちゃって
食べられないって言うから、サンドにして持たせたの」
 その切れ端をしょげた顔で眺める田淵。

「なに?不服?」
 腰に手をやり、上から目線で、
「よく考えてちょうだい。これは慎二のお給料で買ってるの。それをあげるって事は世話をするのと同じ事なのよ」
 説いた。

「じゃあ櫻井は」

「好意よ。それに坊やは食費ぐらい出すって言ったけど、あたしがいらないって言ったの。それに慎二は何も言ってないから
別にいいって事よ。わかった?さ、もういいでしょ。早く帰ってちょうだい」



 昼――――

 昼食を食べ終えた櫻井の携帯が鳴る。

「もしもし。あ、ミリィどうしたの?え、フライパンへこんだ?どうして?」
 聞いた。

「あのおっさん・・・・」

『それでね、帰りに買ってきて欲しいのよ。出来るなら写真とか送ってくれると嬉しいんだけど』

「うん、わかった。じゃ」

 ピッと切り、机に置くと、
「彼女?」
 掛川が横からのぞいてきたので、
「うわっ!もぉ〜・・・・びっくりしたぁ」
 思わず横に身体を傾ける。

「ねぇ、それより彼女。櫻井ちゃんの彼女ってかわいい感じの子のような気がするのよねぇ」

「いやこれは」

 話そうとするが、
「あ、そういえば」
 機会を奪われる。

「最近、デパートに行ったら櫻井ちゃんに似た女の子を見かけたのよ」

「へ、へぇ」
 そう相槌を打ちながらコーヒーを飲む。
(来てたのかよ・・・・!)

「まさか櫻井ちゃんじゃないわよね」

 ブーッ!

「なっ・・・・何言ってんですかっ」
 むせながら口を拭う。

「ほら去年の忘年会にふざけてやってたじゃない」

「ひ、人違いですよ。それに忘年会の時はみんなもうかなりグロッキーで記憶があいまいだし」
 ごまかす。

「そうねぇ、そんな感じがするだけで、服の種類までは」

「そ、それに自分に似た人間が3人いるっていうじゃないですか」
 とにかくごまかすっ!ごまかさないとっ!

「まぁ確かにねぇ」

「そ、それより何か?」
 
「あぁ、そうそう」
 パンッと手を叩く。



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