それはある春の事――――

「ありがとうございまーす」
 引っ越しトラックに大手を振り、部屋に入ると、
「これ、ここでいいですか?」
「はい。すいません手伝ってもらって」
「いいえ」
 おっとりしたまだ若い男性がにこりとわらう。

「あ、そろそろお昼ですね。ひとまずここで置いて一緒に食べませんか?僕が作りますから」

「え、いいんですか?ありがとうございます、大家さん」

「大家さんだなんて、芳井さんでいいですよ。あ、よっちゃんでもいいですよ」

「え」

「僕、街で親子連れの料理教室を開いてるんです。そこの子供がそう呼ぶんですよ。なので、どちらかというとこの呼び方の
ほうがしっくりくるんです」

「あぁ、そうなんですか」

 昼・芳井さんの自宅――――

 玄関を入ってすぐにキッチンがあり、その奥のリビングに入ってすぐ左側にユニットバス。右側に階段がある。リビングは

 吹き抜けでキッチンである場所が寝室。いわゆるロフト形式だ。

 芳井と櫻井はそのキッチンのダイニングテーブルに向かい合う。この日の昼食はナポリタンとサラダ。

「櫻井君はどのようなお仕事を?」

「フリーカメラマンです。まだ駆け出しですけどね。雑誌の撮影とか学校行事とか、海外に行く事もあります」

 櫻井遼(22)フリーカメラマン。まだ一年目の駆け出しで、この地域での活動が多くなった事もあってここに引っ越してきた。

「そうですか。あ、じゃあ時間があればお願いしたいんですが」

 芳井みづる(28)ここの管理人。料理研究家。街で母子の料理教室を営んでいる。

「なんですか?」

「撮り方などを教えてくれるとありがたいのですが。作ったのを撮りはするのですがなかなかうまくいかなくて」

「いいですよ」

「それよりも櫻井君。外に出る事が多いのでしょう?銃とかは持ってないんですか?」
 そう聞くのは、引っ越し作業の中で何一つもそう言ったものが見当たらなかったからだ。

 この国では18歳になると銃を持つ資格を与えられる。
 その間に銃に対する心得、実習が教育の一環として入っている。

 それに櫻井はポリポリと頬をかき、
「俺・・・・持ってないんですよ。それにレベル・・・・Cですし。向いてなかったってゆーか、こっちの方が好きだったから」

銃の所持は個人選択で櫻井は持っていない。
 
 「そうでしたね」

 そういうのは、この社会の銃に対するルールで、「先制攻撃罪」にあたるからだ。
先に撃った人間は、撃たれた人間に生殺の権利を与える事になり、その相手を生かすも殺すも自由と言う事。つまり先制は後

攻に殺されても文句は言えない。後攻が有利とされ、罪にはならない。
 たとえ助かったとしても、先制攻撃側は捕まり、懲役、または罰金となる。

 彼が生きてきた中で知人が2人なくなっている。その時だけは死を身近に考えるが、忙しい日々の中、その思いは次第に薄れて
いく。それは他人事であり、自分の身ではないと言う事。

 持ってない人間は撃たれない。

 相手側もそんなリスクの高い人間を撃つ事はない。そう思っていたからだ。持ってない人間をわざわざ撃って捕まるなんて愚
かなことは考えない。

 毎日毎日、そうした形で人がなくなっていく。死が身近にある世界。そんな中で彼が平然としていられるのは、それが彼の
日常であり、また見慣れた光景だからだ。

 そしてもう一つ、銃のルールで無抵抗の相手を一方的に撃った場合、即刻死刑となる。これをセブンデイズシステムと言い、
簡易裁判ののち、7日間の時間を与えられることに由来する。それはやってしまった罪の重さを悟らせ、苦しめる拷問の時間
と言っていい。

「芳井さんは持ってるんですか?」

「えぇ、護身用ですが。出来れば持ちたくないのですがね」
 そう言ってポケットから銃を取り出す。

「うわ、ちっさい」

「デリンジャーと言いまして、装弾は2発です」

「レベルは?」
 そしてこの銃にはレベルと言うものがあり、
「レベルB1。民間レベルです。お隣に住んでいる田淵さんはAA(ダブルエー)です」

 レベルは4段階あり、SABC、Aは順にAA・A2・A3。警備員や交番員レベル。B1・B2・B3。Bは民間レベル。
Cは今言った最低レベル。ローウエストに入る。そしてSレベル。S1・S2・S3。S2・S3はハイクラス。そしてS1は世界レベルとなる。

「へぇ。あ、そうだ芳井さん。Sクラスにあった事ありますか?」

「ワールドクラスですか」

「えぇ。俺、Sクラスに会った事ないんですよね」

「いますよ」
 普通に答える。

「え」

「櫻井君のお隣さんに住んでいる牧さん。S1です」

「マジでっ!」
 それに思わず身を乗り出す櫻井。それに芳井は驚き、
「え、えぇ。大学で犯罪心理学の教授をしている方です」
「どんな人ですか?」
 好奇心ありげに聞くと、初めて困った表情してう〜んとうなり、
「一言で言うと、失礼ですが、愛想がないと言う事でしょうか。とにかく人とあまり関わりあいを持たないみたいで」

「危険な事に巻き込みたくないからかな」

「さぁどうでしょうね」
 苦笑して食事を再開した。

その夜――――

 櫻井は片付けをしながらその隣に住んでいる住人を待っていた。
 それからしばらくして隣のドアのカギ音がし、しばらくして菓子折りを手にして隣をノックする。それにガチャッとドアが開く。

 牧慎二。34歳。大学教授。犯罪心理学専攻。レベルS1(ワールドクラス)

(ほんとに愛想がない・・・・ってゆーか。不機嫌に近い)

 あの笑顔の芳井さんでさえ困った表情をするだけは、
「あ、今日引っ越してきた櫻井です。ご挨拶にと」
 あるほどの愛想のなさ。それになんだか空気が重い。

(やりにくぅ〜・・・・・まぁお互い忙しい身の上だからそうそう接する事もないだろうし)




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