通勤手段は自転車。20分ほどで商店街内にある家に着く。

 商店街の位置口付近でいつも出迎えてくれるのは、この近所に住んでいる小学生低学年の女の子。

「お帰りなさーい」
 無邪気に声をかけてすぐ走り、コテッと転んだので自転車を止め、あわてて立ちあがらせる。

「大丈夫?けがは」
「ないよ」
「そんな走らなくてもいいんだよ、逃げたりはしないんだから」

「お兄ちゃん、きょうのごはんは何にするの?あたしの家はね、ロールキャベツなの」

「お兄ちゃんちはね」

 ボンッ!

(まさか・・・・!)

「ちょ・・・ごめんっ!」
 再び自転車に飛び乗り、ある場所で乗り捨て、その中の奥にある居住スペースへと上がり、最初に細い廊下を渡って
すぐそこにある畳敷きの居間を突っ切った――――

「父さんっ!」
 その奥の台所へと滑り込む。

 慌ただしく帰ってきた彼とは対照的に、のんびりとコンロの火を止め、
「ああ、お帰りみのる」
 振り返る父。横へと行き、
「何をして、あーあ」
「味噌汁を作っていたんだが、それを忘れて」
 あの爆発音は沸騰しすぎた味噌汁が沸点を超え、間欠泉のように天高く爆破した音だった。
 なのでコンロ周りや床は、具も入っていた事もあって大変な事になっている。

「父さん、味噌汁が飲みたいならインスタントでしてってあれほど」
「いや、お前の分もだな」
「それは俺が作るから」

 俺の父親の料理の腕はご覧の通り。生来ののんびりした性格が災いして火をかけた鍋をそのままにして爆破させる。
また焦げるといった事が大半を占める。それは親ごころで子供に食べさせたいという気持ちなのだが、さすがに親
が作ったものとは言え、それを食する勇気はない。親の心ならぬ、子の心親知らずで、そのおかげで自分の腕が
上がったのは言うまでもない。

 そこに、
「また何か爆発させたの?」
 背後から声が、
「あ、惣菜屋さん」
 振り向くと近所に住む惣菜屋の奥さんだった。

「・・・・はい」
「まったくしょうがないわねぇ」

 もう日常茶飯事なのか、この界隈の人間は誰も驚かない。それどころかその音がないとおかしいと思われるほど
名物と化している。


「ほらこれ。ここに置いとくわよ」
 持ってきた中型の鍋を居間のテーブルに置く。

「ありがとうございます」

 父がああなので、子供のころのご飯と言えばこの界隈の人たちが商売品とは違う家のご飯をわけてくれた。
 今では自分が作ったり、分けてくれたりの半々だ。

「ほらどいて片づけてあげるから、みのるちゃんは自転車入れてきなさい。後、あの子にも謝っておくのよ」

「はい」

 自分の母は自分を産んですぐ肥立ちが悪くて亡くなった。だがその分、商店街の人たちがいたので
淋しいと思う事はなかった。



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