翌日――――
いつきは休みを取って佐々木楽器店を訪れた。その中へ入ると、チリンチリンとドアベルが鳴り、
中で仕事をしていた初老の男性がすぐに気づき、
「やぁ君は」
みのるには父親しかいない。
そして奥にある居住スペースの居間へと案内し、みのるの父は適当に座っといて欲しいと言い、台所へと入る。
いつきは入り口を背にして座り、横を見る。テレビの横に仏壇がある。その母親とみのるの遺影だ。
それから少しして茶と菓子を持ってきて、いつきに渡し、
「あの時はすまなかったね、みんなを止める事が出来ないで。
でもわかって欲しい、みんなあの子の事が好きだったんだよ」
その遺影に目をわずかに向け、茶を飲んだ。
それを知ったのは、病院に着いた時だった。
病院に駆け付けた俺の父は会うなり自分を思いっきりぶん殴り、
「お前は何をしたかわかっているのかっ!」
怒鳴りつけられた。
そしてその後、みのるの父に土下座して謝り倒していた。
みのるの父は、
「頭を上げて下さい」
俺の父の肩に手を添えた。一番つらいはずなのに。
そう、みのるが電話をしてたのは父親だった。切ろうとした矢先に俺が取ってそのままになって、いうなれば声が筒抜けで、
クリアに聞こえた事だろう。息子がトラックにはね飛ばされた音を。
みのる、みのる、どうしたんだと声がしてあわてて切った。再度鳴った携帯の電源を落とした。怖かった。
その事を告げてしまうのが――――
俺はみのるから命を奪っただけでなく、この父親からもたった一人の息子を奪った。
葬儀の時、俺は商店街の人に責められた。
「おい、どうして車道なんかに飛び出したりした。お前がそんな事をしなければみのるは死ぬ事なかったんだぞ」
「あの痕、音が上手く会わない時に叩いたんじゃないでしょうね」
「親父さんにあんな音を聞かせやがって、残酷にもほどがあるだろ」
「おい、黙ってないでなんとか言ったらどうだっ!」
商店街の人たちからも奪ってしまった。
「あの子が風邪をひけはタバコ屋のおばぁさんがかゆを作ってくれたり、濡れて帰って来た時はクリーニング屋さんが
乾かしてくれたり、八百屋さんが夏休みに近くの子供を集めて遊びに連れて行ってくれたり、私が留守をする時も見て
くれた。家族同然の付き合いでね」
その人たちがいたおかげでみのるはさびしくなかった。そしてそれがみのるを作り、あの音を出させた。
それなのに俺は、
「みのるの代わりにお前が死ねばよかったんだっ!有名なんて知った事じゃねぇ、お前が死ねばよかったんだよっ!」
みのるの大事な人たちの前で残酷な言葉を吐いた。
「冗談じゃねぇよ!だいたい、助けてくれなくても自分で逃げたよ。それをわざわざ、おせっかいもいい所なんだよっ!」
「なんだとてめぇ!」
本当は逃げ切れなかった。いや、逃げられなかった足が動かなくて。死ぬと思った。
感謝しなければいけない所を、その生まれて初めての非難の怒号をどう処理していいのか分からずに混乱し、自棄を起こして
言ったのだ。
「あの子は私によくしてくれた。ご飯は必ず一緒に食べるし、休みの日は遊びにも行ったりした」
病院に入って切った電話の電源を入れ、リダイヤルを見た。父親が上位にあった。
「あの時の言葉、忘れたとは言わさない」
あの時みのるにぶん殴られた拳は、父に殴られたものより痛かった。痛くて当たり前だった。
「ありきたりな幸せを望んで何が悪いっ!」
「近い将来、私に孫を抱かせてあげるから、もう少し待ってて欲しいってよく言ってた」
それは誰かに何かをしてあげたいと言う気持ちの表れ。
「あの子の残してくれたものは大きい。それに対して自分はどれだけのものをあの子に残したんだろうって時折り思うんだよ」
コチコチと古い時計が時を刻む。
「火葬場に行く時にあの子にバイオリンを入れてあげたんだよ。手紙を添えてね。手紙と言っても一行なんだけど、
書きたい事がたくさんあったはずなのに、それしか書けなくて」
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