あの後――――

『もう何も出来ないからです。死を告げられた時、それだけでもう意味がわかりました。いやなぐらいに』


 外に出て初めて見た空に憎しみを感じた。


 
あの空の先には一体何があるのだろう?


 かつてそう思った自分が憎い。それはそんなに早く逝かないから言えた事。
 まさかこんなに早く仏壇にある母の写真の横に並べられるなんて思ってもなかったから。

 もう何も出来ない。もう届かない――――


 それに多田は鉄製のフェンスにもたれかかって、ふーっと息をつく。

『・・・・例えそうだとしてもやってみたらどうだ』


 届け


『やりもしないで文句なんて言うな。文句はやってから言え』


 届け


『例えそれが届かないものだとしても、やらないよりはマシだろ』


 
届いて・・・・欲しい


「・・・・・くそっ!」
 そのバイオリンを投げてしまおうとした時、
『だめだよ、楽器に罪はないんだから』
 ノイズが入ってすんでの所で止まる。

 子供のころ、上手くいかないパートがあってそれが嫌になって持ってるバイオリンを投げそうになった時、
父はその手を止めてよく言ったものだった。


「・・・・さん」

 父が送って来たバイオリン。

 ケースの中に一枚の紙が入っていた。

 たった一行、


持って行きなさい。


 その一行に俺は崩れ落ちた。

「とう・・・・」
 広大な空を恨めしそうに眺め、目を強く閉じる。

 空が憎い

「父さん」
 そして崩れるように両膝を地につける。

 俺は背を向けて座る父になにもしてやれなかった。

 してあげたかった。なのにもうそれが出来ない。この音さえも届かない。

「ごめんなさい」

 そのまま座り込んで、バイオリンを抱きしめ、謝り続けた。



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