それから仕事に入り、指定された場所へと自転車で向かう。場所はそんなに遠くはない。なんでもその為に近くの
 マンションを買ったとか。父親は大企業の社長、母親は財閥の令嬢とありきたり。金持ちだけが出来る特権であると思う。
 
 だから自転車置き場という庶民向けの設備などあるわけがなく、近くの駐輪所にいれて中へ入る。
 入るにしてもインターホンを押して開けてもらうと言う、他人の家に遠慮なく上がり込む我が商店街とはわけが違う。

「佐々木です。開けてもらえますか」

 そう言って中に入り、
「話しは結構です。さっさとしましょう。時間がありますので」
 さっさと音合わせを終えて商店街の方へ帰ると、
「よう、お帰りみのる」
 入口にある豆腐屋の主人がシャッターのかぎ棒を片手に、少女の代わりに声をかける。

「ただいま」

「ん、バイオリンじゃねぇか」
 そう言うと中から豆腐屋の奥さんが出て来、
「あのピアニストの伴奏するんだって親父さんが言ってたじゃない。今とっても話題なのよ」
 言いながら出てくる。

「ん、そうか」

「それに選ばれるなんてすごいわね」
「いや、そんな」

「で、うまくいってるの?」

「まずまずと言った所だよ」

「なぁ、ここで一曲聞かせてくれよ。俺は音楽に関してはからきしだめだけど、みのるのバイオリンは聞いていて
なんだ、まぁ・・・・うまくはいえねぇけど、好きなんだよ」

「ありがとう」

 そう言って自転車を止めてバイオリンを弾く。その音に人が集まり、それに聞き入っていた。
 自分はこのどこにでもある日常が好きだった。人の営み、そこにいる事をありがたいと思った。




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